庄内平治記
年月日未詳 / 冊子 660頁
本田氏領曽於郡の土卒が北郷忠相へ通じ、忠相が北郷左京亮・加茂民部らを清水へ派遣し、新納勢とともに城を攻略して曽於郡を領有し、北郷久利を地頭とした経緯を記す記事。
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年月日未詳 / 冊子 660頁
本田氏領曽於郡の土卒が北郷忠相へ通じ、忠相が北郷左京亮・加茂民部らを清水へ派遣し、新納勢とともに城を攻略して曽於郡を領有し、北郷久利を地頭とした経緯を記す記事。
年月日未詳 / 冊子 660頁
本田氏の臣が曽於郡で北郷忠相に内応し、忠相が北郷左京亮・加茂民部を派遣、新納忠勝も合流して城を落とし、北郷久利を地頭に据えた経緯を考証した記事。
天明六年二月二十六日 / 冊子 853頁/原整理番号 2349/整理ID 2349
重豪は、前年春に国元への暇を許されたが病気のため江戸に滞在して養生しており、参勤の時期となっても痞積・気痛が治らず出立できないため、さらに滞府して療養することを願い出る。留守居渋谷五郎右衛門が牧野越中守方へ提出した。
天喜弐年二月廿七日 / 冊子 4~5頁
『調所氏文書』所収の大宰府符。天喜二年二月二十七日、大宰府が大隅国に対し、祭祀は興国の基で敬神を怠るべきでないとして、長徳三年の例により管内の大小諸神を一級ずつ増爵するよう命じた。付載の神位記は、肝属・馭謨・熊毛など各郡の神々を従二位・従三位・正四位下・従五位上等の位階別に掲げ、中宮国玉・下津宮・武塔・神崎・加茂・御崎・三宅・山宮・津宮・賀茂・赤志・剣歳など多数の神名と「一前」「五前」「九前」「十八前」等の員数を列記する。国に承知・施行と官への申請を命じ、疎略を禁じた、平安期大隅国の神祇秩序を示す資料。
正徳二年八月廿三日 / 冊子 32~33頁/整理ID 74
八月二十三日の演能について、加茂・八島・羽衣・石橋の演目とシテ・ワキなどの担当者を列挙した番組。