伊集院孤舟書状
年月日未詳 / 冊子 875頁
伊集院孤舟が遠方ゆえの無音を詫び、貴久次男の越山奉公や忠親との関係について述べ、今後の調儀を求めた書状。
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年月日未詳 / 冊子 875頁
伊集院孤舟が遠方ゆえの無音を詫び、貴久次男の越山奉公や忠親との関係について述べ、今後の調儀を求めた書状。
年月日未詳 / 冊子 877頁
本田助之丞所蔵の案文で、本文はNo.2607と同文として省略されている伊集院孤舟書状。
年月日未詳 / 冊子 877頁
本田助之丞所蔵の案文で、本文は原資料の注記により別番号と同文として省略されている伊集院孤舟書状。
年月日未詳 / 冊子 875頁
「大友殿御返案文」と注記され、日杵殿宛・孤舟署名を示す短い書状案文。本文は省略されている。
永禄五年七月廿四日 / 冊子 116~117頁
伊集院孤舟が球磨から届いた複数の書状への返答や使者の扱いについて肝付氏へ相談した書状。球磨との恩義を鹿児島へよく相談し、真幸の所領問題と横川を菱刈氏へ与える方針を伝えるよう求め、旅宿へ酒も贈った。
永禄十二年十一月十三日 / 冊子 229頁
本文はNo.523と同文のため省略される伊集院孤舟寄進状。西田名の水田二段を笑岳寺へ寄進し、土地が転変した場合にも竹崎二段を代替地として保証する内容である。
永禄十二年十一月十三日 / 冊子 228頁
伊集院大和守沙弥孤舟が、給分として宛行われた薩摩国鹿児島郡西田名の水田二段を来世のため笑岳寺へ寄進し、義久の判を受けた文書。転変で西田の土地が失われても、竹崎の水田二段は相違なく確保すると保証する。
元亀元年五月吉日 / 冊子 234頁/原整理番号 14
色紙近右衛門尉に関する元亀元年五月吉日の書付を引く。御旗の扱いと出陣時の役目を示す短文で、前項の色紙長光譜と照合される。
永禄六年五月朔日 / 冊子 122~123頁
大隅国宮内の観音屋付水田五町について、その坪付を示した島津氏老臣の連署文書。肝付兼盛・伊集院孤舟・勝軍坊が署判する。
永禄五年八月吉日 / 冊子 117頁
相良頼房が北郷氏に対し、将来にわたり合意を違えず、世情が変転しても不安を抱かせず、和議に関する雑説が生じた際は互いに申し知らせると神々に誓った起請文。