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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

5 件 (全巻)/ 1–5件を表示

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後編1-No.390記事確認度 高

新納忠元譜

菱刈重猛が三之山攻めを伊東方へ漏らし、死後も一族の帰服がまとまらなかったため、永禄十年十一月に馬越城を攻めた経過を記す。新納忠元は新納武久・伊集院久宣・有馬純秀らと先登して井手籠父子以下二百余級を討ち、城を陥落させたが矢傷を負った。菱刈隆秋は八城を捨て大口城へ籠り、相良義陽の援兵を得た。

登場人物
新納忠元、新納武久、伊集院久宣、有馬純秀、菱刈重猛、菱刈隆秋、相良義陽、島津義虎
宛先
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キーワード
新納忠元譜、永禄十年、菱刈重猛、伊東氏、馬越城、新納忠元、新納武久、伊集院久宣、有馬純秀、矢傷、菱刈隆秋、大口城、相良義陽
後編1-No.391記事確認度 高

新納忠元譜

馬越城攻めで新納忠元が四度の槍合わせをしたことを記す。最初は新納武久、次は伊集院久宣、さらに有馬純秀とは二度ともに戦い、その際に村田右衛門尉・町田新左衛門尉らが戦死し、忠元自身も脇に矢傷を負ったとする。

登場人物
新納忠元、新納武久、伊集院久宣、有馬純秀、村田右衛門尉、町田新左衛門尉
宛先
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キーワード
新納忠元譜、馬越城、新納忠元、槍合わせ、新納武久、伊集院久宣、有馬純秀、村田右衛門尉、町田新左衛門尉、矢傷
後編1-No.400記事確認度 高

新納忠元譜

新納忠元が馬越城で四度の槍合わせを行い、狩俣で負傷したことを回想する。馬越城陥落後も大口城が球磨勢の加勢で持ちこたえたため、市山城の守備を貴久から命じられ、蒲生の知行を与えられた。大口が島津方へ入った後は地頭に任じられ、長年その職を勤めたとする。

登場人物
新納忠元、新納武久、伊集院久宣、有馬純秀、島津貴久、市来・伊集院・田布施・川辺衆
宛先
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キーワード
新納忠元譜、馬越城、槍合わせ、狩俣、負傷、大口城、球磨勢、市山城、新納忠元、蒲生知行、大口地頭
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0083年譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元年譜

菱刈重猛が伊東方と結び、重猛の死後も重任が幼い鶴千代を奉じて侵攻したと記す年譜。貴久は飯野から兵を出し、馬越を夜襲して井手籠一族二百余級を得た。忠元も槍で四人を討ち、貴久らは落とした八城へ兵を配置した。相良義陽の加勢を受けた菱刈方との戦いで、市山の守将らが戦死した。忠元は馬越から市山の地頭に移され、蒲生に采邑を与えられ、所属兵を率いて奉公したという。

登場人物
島津貴久、義久、義虎(本文は義則)、新納忠元、新納武久、伊集院久宣、久慶、有馬純秀、村田経綱、町田忠継、井手籠重之、重房、重陣、菱刈重猛、重任、鶴千代、隆秋、相良義陽
宛先
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キーワード
新納忠元年譜、菱刈の伊東への内通、重猛の死、鶴千代、馬越夜襲、井手籠一族の討死、八城配置、市山守将の戦死、忠元の槍功、地頭と采邑
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0165勲功記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元勲功記

天正八年の水俣御陣賦として諸地頭を列記する。清武の伊集院久宣、大口の忠元、羽月の猿渡掃部介、會木の新納治部少輔、平泉の伊地知重康、湯之尾の梅北國兼が載る。この間の十四・五人は省略されている。

登場人物
伊集院美作守久宣、新納武蔵守忠元、猿渡掃部介、新納治部少輔、伊地知民部少輔重康、梅北宮内左衛門尉國兼
宛先
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キーワード
新納忠元勲功記、天正八年水俣御陣賦、地頭の列名、久宣、忠元、重康、國兼