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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

9 件 (全巻)/ 1–9件を表示

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後編1-No.1165記録確認度 高

湯田氏蔵旧記

天正八年から同十五年まで、島津家がたびたび軍事評議のため召し寄せた外城の武辺・功者五十四人を、日向・高山・蒲生・小林・志布志・大口・川内など所属地別に列挙する旧記。蒲生衆湯田鶴右衛門の旧記から写したとする。

登場人物
柏原周防守、前田豊前守、敷根越中守、大井七右衛門、弟子丸右京、蒲地兵部少輔ほか
宛先
—
キーワード
湯田氏蔵旧記、軍談合、武辺功者、五十四人、天正八年、天正十五年、外城、交名
後編3-No.552記事確認度 高

征韓偉略

『征韓偉略』の記事。秀吉死後の撤兵で加藤清正らが先に帰途につく一方、郭国安から報を得た陳璘が和議を破り、鄧子龍・李舜臣らの明・朝鮮水軍を出して日本軍の退路を襲った経緯を記す。島津義弘は小西行長救援のため忠恒・立花宗茂・寺沢正成らと出船し、順天・露梁沖で敵船と交戦して鄧子龍・李舜臣を討ち、唐島へ退いた。十九日に帰国へ向かうまでの戦闘、島津方戦死五十四人、敵艦六艘の獲得、諸記録間の日時・人物・戦果の異同も詳しく考証する。

登場人物
豊臣秀吉、加藤清正、小西行長、島津義弘、島津忠恒、立花宗茂、寺沢正成、高橋直次、宗義智、郭国安、陳璘、鄧子龍、李舜臣、明・朝鮮水軍
宛先
—
キーワード
征韓偉略、豊臣秀吉死去、撤兵、加藤清正、小西行長、島津義弘、島津忠恒、立花宗茂、寺沢正成、高橋直次、宗義智、郭国安、陳璘、鄧子龍、李舜臣、順天、露梁海戦、唐島、戦死五十四人、敵艦六艘、史料異同、考証
追録1-No.1770雑抄旧記雑録暫定版確認度 高

延宝八年田尻火事記事

雑抄に、延宝八年正月十一日、田尻八兵衛の失火により家屋八百四十九軒が類焼し、死者五十四人となり、田尻火事と呼んだと記す。当日は春山の関狩で組中が留主の許しを得て総出したため鎮火できなかったという。光久の代のこととの注を伴う。

登場人物
島津光久
宛先
—
キーワード
延宝八年正月十一日、田尻八兵衛失火、田尻火事、類焼八百四十九軒、死人五十四人、春山御関狩、組中惣立、留主許、鎮火ならず、光久代注
追録2-No.314口上覚旧記雑録暫定版確認度 高

屋久島漂着朝鮮船処置口上覚

島津綱貴が、朝鮮船一艘・五十四人が商売のため十一月十三日に朝鮮を出帆後、難風で数日漂流し、十二月八日に屋久島一湊へ漂着したと報告した口上覚。食料を求める朝鮮人へ対応して番船を置き、支度後は警固を付けて薩摩経由で長崎へ送る方針を長崎奉行衆にも伝えた。

登場人物
島津綱貴
宛先
—
キーワード
島津綱貴、朝鮮船一艘、五十四人、十一月十三日、十二月八日、屋久島、一湊、難風、漂流、食料、番船、警固、長崎奉行
追録2-No.322連署状旧記雑録暫定版確認度 高

丹羽長守・近藤用高連署状

丹羽長守・近藤用高が松平薩摩守へ、朝鮮船一艘に五十四人が乗り、十二月八日に屋久島一湊へ漂着したとの報告を承知したと返答した連署状。薩摩へ送り来た同船に警固を添え、着岸後は旧例どおり処置して早々に長崎へ送るよう命じる。

登場人物
丹羽長守、近藤用高
宛先
松平薩摩守様
キーワード
丹羽長守、近藤用高、松平薩摩守、朝鮮船一艘、五十四人、十二月八日、屋久島、一湊、薩摩、警固、旧例、長崎送致
追録2-No.855口上覚旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴口上覚

島津綱貴が幕府へ、朝鮮船一艘・乗員五十四人が十二月八日に領内屋久島一湊へ漂着したと報告した口上覚。船は本国を十一月二十三日に商売のため出帆したが難風で艤具を失い、飢えと渇きに苦しんだため一湊に滞船しており、番船を付け、支度が整い次第警固付きで長崎へ送ると長崎奉行へ通知した。

登場人物
島津綱貴
宛先
幕府
キーワード
島津綱貴、幕府、朝鮮船一艘、乗員五十四人、十二月八日、屋久島、一湊、漂着、十一月二十三日、商売、難風、艤具喪失、飢渇、滞船、番船、警固、長崎送致、長崎奉行、口上覚、元禄十三年
追録3-No.1846文書旧記雑録暫定版確認度 中

日下部博貞書状

薩摩国市来村沖に南京出航の唐船一艘が乗組員五十四人とともに漂着した旨の報告を受け、承知を伝える。

登場人物
日下部博貞
宛先
松平大隅守
キーワード
日下部博貞、松平大隅守、薩摩国、市来村、唐船、漂着、五十四人
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 6-1文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島原軍衆人数差出留

『島原軍衆人数差出留』の正月二十六日条。上津浦の土持左馬権頭以下、船廻りなどで各地へ到着した者の主従・人鉢・忰者夫丸を列挙する。鹿児島衆は計四百四十三人(人鉢四十人、御道具衆四十九人、忰者夫丸三百五十四人)。喜入舎人を米之津から帰したため除き、三口の合計を千八百四十六人(人鉢百六十六人、道具衆四十九人、忰者夫丸千六百三十一人)とする。

登場人物
土持左馬権頭、高江衆、有泉坊、渡辺源太郎、深野主膳正、大脇舎人佑、岩切与介、右舎人、与介、酒匂利左衛門尉、喜入舎人ほか
宛先
宛先なし(人数差出留)
キーワード
島原軍衆、正月二十六日、上津浦、到着、船廻り、鹿児島衆四百四十三人、人鉢四十人、道具衆四十九人、忰者夫丸三百五十四人、三口千八百四十六人
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 59交名・軍議参加者名簿旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諸外城武辺功者度々談合衆交名

諸外城から召し寄せられ、天正八年から同十五年まで度々の軍談合に加わった武辺功者54人を地域別に列挙する。蒲生衆湯田氏の旧記からの写し。季安は、水俣陣賦もこの54人が吟味して配したものかと推測し、考証のため補記したと説明する一方、上の陣賦と混同しないよう注意する。

登場人物
柏原周防守、前田豊前守、敷根越中守ほか談合衆54人(代表例のみ列記)、伊地知季安(後評)
宛先
なし(交名のため宛先なし)
キーワード
諸外城、武辺功者、談合衆、交名、軍議、五十四人、水俣陣賦、伊地知季安