追録2-No.1790文書旧記雑録暫定版確認度 中
島津綱貴霊塔碑誌
宝永元年十月 / 冊子 511–512頁/整理ID 1790
島津綱貴の霊塔に納める碑誌。慶安三年に江戸で生まれ、貞享四年に祖父光久の致仕を受けて薩摩・大隅・日向三国と琉球国を継承し、宝永元年夏に江戸で五十五歳で死去して同年九月十九日に大圓寺へ葬られた生涯を記す。
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宝永元年十月 / 冊子 511–512頁/整理ID 1790
島津綱貴の霊塔に納める碑誌。慶安三年に江戸で生まれ、貞享四年に祖父光久の致仕を受けて薩摩・大隅・日向三国と琉球国を継承し、宝永元年夏に江戸で五十五歳で死去して同年九月十九日に大圓寺へ葬られた生涯を記す。
年月日未詳 / 冊子 519頁/整理ID 1795
島津久住が兄で主君の綱貴へ献じた祭文。綱貴が五十五歳で武陽の旅邸に没し、遺体を国元へ迎えて福昌寺で葬るにあたり、弟かつ家臣としてその人徳と治政をたたえ、別離の悲しみを述べる。
年月日未詳 / 冊子 1頁/原整理番号 1
『元寛日記』寛永九年正月二十四日条は、徳川秀忠が五十五歳で死去し天下が深く悲嘆したことを記す。同夜、江戸町屋で十三度の出火があったが速やかに消し止められ、御城宿直の軍士らが密かに武具を携えて登城したため、遠国の人々まで不安に陥ったと述べる。