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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

4 件 (全巻)/ 1–4件を表示

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前編2-No.2273記事確認度 中

町田氏譜

天文五年三月七日、貴久方が伊集院城を攻めた際、町田久用は伊集院忠朗・忠栄・梅久らと守城し、城中で戦死した。忠朗らは城を退き、石谷城へ移った後も反攻を試みたが、町田氏・伊集院氏の多くが戦死・離散した。町田氏庶流の継承、久用の子孫と所領の推移までを記す。

登場人物
町田久用、伊賀守梅久、島津忠良、島津貴久、伊集院忠朗、伊集院忠栄、伊集院梅久
宛先
—
キーワード
町田氏譜、町田久用、伊集院氏、伊集院城、石谷城、戦功、戦死、天文五年
前編2-No.2274記事確認度 高

町田氏庶流系図

町田久用から治部少輔・中務少輔へ続く庶流の系譜を掲げ、久用が実久方として伊集院城を守り、天文五年三月七日に戦死したことを注記する。

登場人物
町田久用、治部少輔、中務少輔
宛先
—
キーワード
町田氏庶流系図、町田久用、伊集院城、系譜、戦死、天文五年
追録6-No.1140書状旧記雑録暫定版確認度 高

五名連署副状―永久用度銀と判形・印章証書の保管指示

聖廟講堂と諸稽古場を造立したことに伴い、銀二百四十貫目を永久に付置し、判形の証状と印章の証書を下された旨を記す。印章の原本は聖堂方へ納め、判形の原本は御記録所へ納めるよう命じられたので、そのように処置するよう伝える。後年も怠りなく保護するべきだとする。末尾は安永二年癸巳十二月二十八日、島津仲久健・山岡齋宮久澄・川田伊織國福・喜入主馬久福・島津左中久金の五名判、御記録奉行宛。元金付置と二種類の証書、その異なる原本保管先を定める副状。

登場人物
島津仲久健、山岡齋宮久澄、川田伊織國福、喜入主馬久福、島津左中久金、御記録奉行、聖堂方、御記録所
宛先
御記録奉行
キーワード
銀二百四十貫目永久付置、判形証状・印章証書、印章原本は聖堂方、判形原本は御記録所、後年の保護、五名連署
追録6-No.1141証状旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪印章証書―聖廟講堂・演習場の創建と銀二百四十貫目の永久用度

本藩は雄鎮として庶民の暮らしが豊かになった一方、教えが十分に行き渡らず、鄙野・驕惰の風俗が残ると述べる。そこで嗣位十九年に先聖廟と講堂を創建して儒術と文道を明らかにし、その側に弓馬槍剣の演習場を設け、国中の民を感化して徳を新たにする意義を述べる。銀二百四十貫目を学に付し、永世に伝えるため、有司に利息を収めさせ、学中の一切の費用に充てさせる。執事の臣は訓戒を敬って奉じ、この約束に違えないよう求める。末尾は安永二年歳在癸巳十二月二十八日、従四位上左近衛中将源重豪、御印の記載。正文は聖堂文庫にある。創建の理念、元金と利息の用途、永世の管理を定める印章の証書。

登場人物
従四位上左近衛中将源重豪、有司、聖廟・講堂、弓馬槍剣演習場、国中の民
宛先
学・文武施設(付銀先)、有司・執事の臣(管理と訓戒の対象)
キーワード
雄鎮・庶民の富と教化、嗣位十九年創建、聖廟講堂・弓馬槍剣演習場、銀二百四十貫目、利息と学中用度、永世、執事の訓戒、御印