三原重長譜
年月日未詳 / 冊子 101頁
三原重長が学問と連歌を好み、島津家の知遇を得て親昵の臣となり、島津久元・喜入忠政・伊勢貞昌ら家老や重位らとともに機密の政務にも参与したことを古文書に基づいて記す譜記事。
SEARCH THE ARCHIVE
『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
8 件 (全巻)/ 1–8件を表示
ページ 1 / 1
年月日未詳 / 冊子 101頁
三原重長が学問と連歌を好み、島津家の知遇を得て親昵の臣となり、島津久元・喜入忠政・伊勢貞昌ら家老や重位らとともに機密の政務にも参与したことを古文書に基づいて記す譜記事。
年月日未詳 / 冊子 6頁
寛永三年四月二十日、島津家久が向島で狩りを行い、子の忠朗らが鹿を多数捕らえ、家久が国老へ分け与えたことを記す。翌日、島津久元・喜入忠政・比志島国隆が三原重長へ礼状を送ったとする三原氏の譜記事。
寛永三年四月廿一日 / 冊子 6頁
島津久元・喜入忠政・比志島国隆が三原重長へ、前日の向島で又八郎ら兄弟が多くの鹿を捕らえ、自分たちも鹿を拝領して賞味したことへの謝意を伝えた連署書状。寛永三年卯月二十一日付。
寛永元年五月八日 / 冊子 815~817頁
寛永元年五月八日、島津家久が市来惟清宅へ御成りの際に催された「賦何船」連歌。夏の空、雲、雨、春風、月、雪、旅、山、恋などを題材とし、家久・惟清・利昌・久元・重長・有栄・国隆・政喬らが百韻を連ねた作品。
十六日 / 冊子 102頁
島津家久が、昨夜の消息の事情を理解したと返答し、下野守に関することは江戸でも伊勢兵部らと内々に相談すると伝える。人の心中は率直な対話で落ち着くとして、三人が相談し合うべきだと仮名書きで述べた書状。
「寛永八年」十六日 / 冊子 176~177頁
妹からの消息で下野守久元の誓詞について詳しく知り、江戸でも伊勢兵部貞昌と相談して内儀を定めると答えた。人の心は様々だが心中を聞いて安心したとし、三人の相役として今後も別儀なく相談し、世間の風聞に惑わされぬよう諭した書状。
年月日未詳 / 冊子 681頁
島津家久の山川遊覧に際し、児玉利政ら九名が、川・紅葉・瀬・冬の夜・山風など山川の景物を題材に詠んだ和歌を集めた詠草。
年月日未詳 / 冊子 67~72頁/原整理番号 1
山川を題に島津家久・島津久元らが詠んだ和歌と、家久の山川津遊覧を迎えた正龍文岳の漢詩を収める。続く『漢学紀源』巻四の正龍篇は、山川正龍寺と海上交通、渡来僧による漢学の伝播、南浦文之の講義・刊行、如竹らの学統を諸史料からたどる。