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HP-1928巻4:69注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

大脇利為

異名・検索語:大脇利為/大脇但馬利為/但馬/孫四郎/弥五右衛門

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:父の実名は本文が「□綱」と欠字を示すため補わない。/為朝・佐々木氏に連なる系譜は本条の家伝として記し、史実としての裏付けを今回行っていない。/「赤白雑糸威」は略記で、装具の詳細や着用場面を本条から補わない。

DESCRIPTION

本文内容説明

大脇但馬利為は、孫四郎・弥五右衛門とも記される。父の民部左衛門□綱入道定庵は、源四郎とも称し、松齢公に仕えたという。利為には朝鮮従軍、泗川合戦、庄内・関ヶ原への供奉の記事があり、赤白雑糸威の記載も添えられる。家伝では鎮西八郎為朝の次男に始まり、佐々木氏を称した祖が得仏公に従い薩摩へ下向し、日向の都の郡の名主職を与えられ、大脇に住んで家名としたと伝える。子孫に大脇覚兵衛を挙げる。生没年・没地・法号・墓所は記されない。

系譜・人物関係

通称は但馬・孫四郎・弥五右衛門。父は民部左衛門□綱入道定庵、亦源四郎と記す。前の親為入道自庵と区別する。祖先伝承は為朝次男、佐々木氏称姓、得仏公に従う薩州下向、日州都ノ郡名主職、大脇への居住と家名。子孫大脇覚兵衛は別人。

奉公・役職

父定庵が初めて来て松齢公に奉仕し其子利為ナリと続く。父の奉仕を本人の直接記事に混同しない。本人に庄内・関ヶ原御供。

軍役・事績

朝鮮従軍、泗川合戦、赤白雑糸威、庄内関ヶ原御供との本文。旧説明の軍川合戦と庄内ヶ原は誤読として訂正。赤白雑糸威の具体的な装具・場面は補わない。

生没・法名等

生没年月日・没地・享年・法号・墓所は記載なし。

統合人物ID
HP-1928
原人物ID群
04-068-06-02
氏・分類
大脇
掲載巻頁
巻4:69
主題・活動
朝鮮従軍・供奉・祖先伝承
人物関係要約
通称は但馬・孫四郎・弥五右衛門。父は民部左衛門□綱入道定庵、亦源四郎と記す。前の親為入道自庵と区別する。祖先伝承は為朝次男、佐々木氏称姓、得仏公に従う薩州下向、日州都ノ郡名主職、大脇への居住と家名。子孫大脇覚兵衛は別人。
検索キーワード
大脇利為/但馬/孫四郎/弥五右衛門/民部左衛門/定庵/源四郎/松齢公/朝鮮従軍/泗川合戦/赤白雑糸威/庄内/関ヶ原/御供/為朝/佐々木氏/得仏公/大脇覚兵衛
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全1頁・原冊照合、修正通常AI各全1頁確認済。
公開判定根拠
祖先伝承・父・本人・子孫を区別し、泗川・庄内・関ヶ原を訂正。父実名の欠字と略記の限界を明示して注記付き公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
一大脇但馬利為から子孫大脇覚兵衛まで。旧右端の祖先系譜一列の欠けを右477ptへ拡張して復元。左385.391753pt・下414.01933pt・上735pt。通常AI各全1頁確認済。次条大脇内蔵を含まない。新番号不要。
判読保留
父の実名は本文が「□綱」と欠字を示すため補わない。/為朝・佐々木氏に連なる系譜は本条の家伝として記し、史実としての裏付けを今回行っていない。/「赤白雑糸威」は略記で、装具の詳細や着用場面を本条から補わない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』