← 『本藩人物誌』人物検索へ戻る
HP-1553巻12:232公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

文之和尚

異名・検索語:文之和尚/南浦/雲興/玄昌

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

文之和尚は飫肥南郷外浦の出身で、南浦・雲興と号し、名は玄昌。国分正興寺住持で、府下大竜寺の開山。市来竜光寺の二洲和尚に儒学を学んだと記すが、師系の注では一翁との関係を検討している。慶長四年に伏見屋敷におり、五月に隅州へ下った。関ヶ原後、領内にいた備前中納言秀家を上方へ送る際、警固を命じられた桂忠詮とともに付き添った。元和六年九月晦日、六十五歳で遷化。石塔は加治木安国寺にあると記すが、没地は明記しない。末尾には書状の年代と年齢を照合した考証が付く。

系譜・人物関係

南浦・雲興は号、玄昌は名。二洲・桂菴・月渚・一翁は師系説明に登場する関連僧。桂忠詮と秀家に付き添う。

奉公・役職

国分正興寺住持。府下大竜寺開山。大竜寺創建は慶長七年と記す。

軍役・事績

慶長四年伏見屋敷から五月隅州へ下向。関ヶ原後に秀家の上方移送へ差添。

生没・法名等

元和六年九月晦日遷化、六十五歳。石塔加治木安国寺。没地不記載。

統合人物ID
HP-1553
原人物ID群
12-232-13
氏・分類
文之
掲載巻頁
巻12:232
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
南浦・雲興は号、玄昌は名。二洲・桂菴・月渚・一翁は師系説明に登場する関連僧。桂忠詮と秀家に付き添う。
検索キーワード
文之和尚/文之和尚/文之和尚 南浦・雲興・玄昌/国分正興寺住持。府下大竜寺開山。大竜寺創建は慶長七年と記す。/慶長四年伏見屋敷から五月隅州へ下向。関ヶ原後に秀家の上方移送へ差添。/元和六年九月晦日遷化、六十五歳。石塔加治木安国寺。没地不記載。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁。左端の年代考証を復元。師系注と〇印の没年記事は同条の関連説明で、独立人物見出しではない。
判読保留
二洲に受学とする本文に対し注は一翁の事かと疑問を示す。桂菴の渡明・講書・著述、一翁の点本を文之の事績に転記しない。冒頭の年齢と住持・開山との係りは保留。末尾の慶長九年乙卯閏八月を廿年閏六月とする考証は、本文の訂正説として保持。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』