HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
福島忠辰
異名・検索語:福島忠辰/福島備前忠辰/備前/忠辰/東栖斎
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:飯野後の移住先は大隅国蒲生と読んだが追加校合を要する。
DESCRIPTION
本文内容説明
福島備前忠辰は新左衛門の子で、永禄七年生。島津義弘(惟新公)に仕え、飯野、のち大隅国蒲生へ移り七十石を受けた。天正十八年、島津久保の小田原出陣に馬廻六騎の一人として従い、文禄元年には朝鮮へ渡海。病中の久保に昼夜近侍し、九月八日に自らの膝上で最期を看取り、遺体を守って帰国した。庄内陣・関ヶ原にも従軍し、島津家久夫人の江戸入りには夫婦で納殿役を務め十五年在府。帰国後は谷山に隠居し、正保四年六月四日、八十四歳で没した。法号は東岸玄西庵主。
系譜・人物関係
父は福島新左衛門。島津久保に近侍。
奉公・役職
七十石。久保の馬廻六騎・兵具方。家久夫人の納殿役として十五年在府。
軍役・事績
小田原陣、朝鮮出兵、庄内陣、関ヶ原合戦に従軍。久保の遺体を守り帰国。
生没・法名等
永禄七年生。正保四年六月四日、八十四歳で死去。法号は東岸玄西庵主。
- 統合人物ID
- HP-1552
- 原人物ID群
- 08-133-12
- 氏・分類
- 福島
- 掲載巻頁
- 巻8:133
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 父は福島新左衛門。島津久保に近侍。
- 検索キーワード
- 文禄/慶長/正保/渡海/関ヶ原/子/母/歳/家系由緒・奉公・軍役
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 人物別AI用PDF全頁を原画像と照合し、前後人物の混入がないことを確認。
- 判読保留
- 飯野後の移住先は大隅国蒲生と読んだが追加校合を要する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』