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HP-1399巻1:19注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

入佐郷久為

異名・検索語:入佐郷久為/入佐郷左衛門久為/左衛門/久為

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:久為の称は見出し左衛門、系譜注右衛門で相違する。両表記を保持。/祖先の諱など一部の系譜細字は留保。高原城での死去日は不記載で、年月日を補わない。/慶長19年人数賦の記載と徳之島死去は久利の養子久員に関する付記。久為本人への混入を避ける。

DESCRIPTION

本文内容説明

入佐郷久為。見出しは左衛門、系譜注は右衛門とする。伊集院家五代久氏の他腹長男を祖とする系譜を掲げ、八郎杢之助久実の子と記す。天正4年、高原城攻めで戦死した。子の助八久利は伊集院の住人と記され、庄内で戦死した。久利の養子・入佐郷左衛門久員は、実は林但馬の嫡子で、徳之島で死去したという。養子の記述には慶長19年大坂御人数賦を引き、高210石・乗馬1疋・卒5人を記すが、久為本人の軍役ではない。末尾に子孫入佐勘八を挙げる。久為の生年・享年・法名・墓所は記載しない。

系譜・人物関係

伊集院家五代久氏の他腹長男からの系譜。本人は八郎杢之助久実の子、子は助八久利。久利養子左衛門久員は林但馬嫡子。末尾子孫入佐勘八。祖先細字留保。

奉公・役職

本人の主君・知行・具体的役職不記載。久利は伊集院住人。養子久員の慶長19年大坂人数賦高210石・乗馬1疋・卒5人を区別。

軍役・事績

久為は天正4年高原城攻めで戦死。子久利の庄内戦死と養子久員の軍役付記を本人に転記しない。

生没・法名等

本人天正4年高原城攻めで戦死。久利庄内戦死、養子久員徳之島死去を区別。生年・享年・法名・墓所不記載。

統合人物ID
HP-1399
原人物ID群
01-019-06
氏・分類
入佐郷
掲載巻頁
巻1:19
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
伊集院家五代久氏の他腹長男からの系譜。本人は八郎杢之助久実の子、子は助八久利。久利養子左衛門久員は林但馬嫡子。末尾子孫入佐勘八。祖先細字留保。
検索キーワード
入佐郷久為/左衛門/右衛門/伊集院久氏/八郎杢之助久実/天正四年/高原城/戦死/助八久利/庄内/伊集院/久員/林但馬/徳之島/慶長十九年大坂御人数賦/二百十石/入佐勘八
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
旧AI・通常各全2頁、原冊19頁上下段と小注拡大、修復AI・通常各全2頁を確認。
公開判定根拠
本人の高原城戦死、子の庄内戦死と養子の軍役・徳之島死去を分離。称の異記と系譜細字を注記し公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
旧AI・通常各全2頁、原冊19頁(第1分冊30頁)の上下段と小注拡大を照合。一入佐郷左衛門久為から子孫入佐勘八まで一記事。1頁目右端の祖系譜を回復し、上側だけ右境界を狭めて隣の家村住常の歌道一列を除外。2頁目は下段の本文と末尾子孫を収め、次の一池田六左衛門貞秀を含めない。修復通常・AI各全2頁を確認。久利・久員は子と養子の連続記事で新規独立見出しなし。2頁・ID・旧OCR維持。
判読保留
久為の称は見出し左衛門、系譜注右衛門で相違する。両表記を保持。/祖先の諱など一部の系譜細字は留保。高原城での死去日は不記載で、年月日を補わない。/慶長19年人数賦の記載と徳之島死去は久利の養子久員に関する付記。久為本人への混入を避ける。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』