← 『本藩人物誌』人物検索へ戻る
HP-0952巻5:72注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

川上忠継

異名・検索語:川上忠継/川上右京亮忠継/右京亮/忠継

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:後代の子孫名には細字・異記の確認余地がある。伊予守・作左衛門・右京の名と親子関係を推定で補わない。/寛永九年の御出陣御人数賦は忠継没後の記事。具体的な出陣者を作左衛門久時と断定しない。内訳は追加校合を要する。/冊子73頁冒頭の和歌は次の忠智見出しより前にあるため資料範囲に保持するが、忠継本人の作とも子孫の作とも確定しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

川上右京亮忠継は、系譜記事で忠克の四男とされる。永禄四年七月十三日、大隅の廻で戦死した。本文は続けて子孫の彦七郎久照が日向福島で戦死したこと、その子の伊予守が小根占・内之浦・野尻などの地頭を務めたことを記す。さらに寛永九年の出陣に関する人数五十三・馬三疋などの軍役記録と、後代の子孫の地頭職を載せる。これらは忠継没後の家系記事で、本人の役職や軍役ではない。本人の生年・法名・墓所は記されない。末尾に和歌一首があるが、作者の帰属は保留する。

系譜・人物関係

忠克四男との系譜記載。子孫に彦七郎久照、その子の伊予守。後代人名の細字・異記は留保。

奉公・役職

忠継本人の具体的な役職記事はない。小根占・内之浦・野尻等の地頭職は後代子孫の記事。

軍役・事績

永禄四年七月十三日大隅廻で戦死。久照の日向福島戦死と寛永九年の出陣人数五十三・馬三疋等は子孫記事として区別。和歌作者未確定。

生没・法名等

永禄四年七月十三日於隅州廻戦死。生年・法名・墓所の記載はない。

統合人物ID
HP-0952
原人物ID群
05-072-01
氏・分類
川上
掲載巻頁
巻5:72
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
忠克四男との系譜記載。子孫に彦七郎久照、その子の伊予守。後代人名の細字・異記は留保。
検索キーワード
永禄/寛永/地頭/戦死/三男/四男/子/孫/歳/家系由緒・奉公・軍役
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全2頁・原冊72~73頁と細字拡大確認済。
公開判定根拠
忠継本人の戦死を子孫の役職・軍役と分け、子孫名と和歌作者の未確定事項を注記して公開する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
冊子72頁下段の一川上右京亮忠継から子孫・地頭・軍役記事、冊子73頁上段冒頭の和歌一列まで通常AI各全2頁。次の一川上三次右衛門忠智は含まれない。和歌の作者帰属は留保し、PDF範囲・IDは維持。
判読保留
後代の子孫名には細字・異記の確認余地がある。伊予守・作左衛門・右京の名と親子関係を推定で補わない。/寛永九年の御出陣御人数賦は忠継没後の記事。具体的な出陣者を作左衛門久時と断定しない。内訳は追加校合を要する。/冊子73頁冒頭の和歌は次の忠智見出しより前にあるため資料範囲に保持するが、忠継本人の作とも子孫の作とも確定しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』