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HP-0651巻1:16注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

市来家諸

異名・検索語:市来家諸/市来加賀守家諸/加賀守/家諸/市来民部大輔家諸(同人未確定)

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

天正十一年比の在任記事への係り方、および加賀守と別掲民部大輔家諸の同人関係は未確定。文禄三年二月廿八日戦死とあるが、どの陣かは本文付記も不明とする。二つの小項目に到達できるよう注記付き公開。

DESCRIPTION

本文内容説明

市来家諸。加賀守を称し、出水の義虎の家老。永禄頃から高尾野地頭と記され、直後に「天正十一年比」とあるが、在任終期かどうかは確定しない。文禄三年二月二十八日に戦死したと記す一方、付記はどの陣であったか不明としている。別の小項目には「市来民部大輔家諸、元亀比御使衆」とある。従来は同一人物にまとめられているが、加賀守との同人関係は留保し、御使衆歴を確定経歴としては扱わない。父祖・子孫、知行、生年・享年・法号・墓所は記されない。

系譜・人物関係

市来氏、加賀守。出水義虎の家老。別掲の民部大輔家諸との同人確定は留保。父祖・子孫は不記載。

奉公・役職

出水義虎之家老也。永禄之比ヨリ高尾野地頭、続いて天正十一年比と記す。別小項目は一市来民部大輔家諸元亀比御使衆。別項の奉公を加賀守本人の確定経歴とはしない。

軍役・事績

加賀守の記事は文禄三年二月廿八日戦死と記す。具体的な戦闘経過・戦功は不記載。

生没・法名等

文禄三年二月廿八日戦死の記載。付記自体がどの陣か不明とする。没地・享年・法号・墓所は不記載。天正十一年比は高尾野地頭記事の直後であり、別の戦死年と断定しない。

統合人物ID
HP-0651
原人物ID群
01-016-06
氏・分類
市来
掲載巻頁
巻1:16
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
市来氏、加賀守。出水義虎の家老。別掲の民部大輔家諸との同人確定は留保。父祖・子孫は不記載。
検索キーワード
市来家諸/市来加賀守家諸/出水義虎/島津義虎/高尾野/家老/地頭/永禄/天正十一年比/文禄三年二月二十八日/戦死/市来民部大輔家諸/元亀/御使衆
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI全2頁・通常全2頁・原冊16頁・修復通常AI各2頁照合済み。
公開判定根拠
主君・地頭・戦死日の記載を全頁原冊照合。同人未確定の別小項目を区別し、未確定事項を明示して検索公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
AI全2頁・通常全2頁・原冊16頁(第1分冊27頁)・拡大・修復通常AI各2頁を照合。第1頁は加賀守家諸2列と付記、第2頁は朱括弧の独立小項目民部大輔家諸1列。原冊再切出しで第1頁注記左余白と第2頁朱記を保持。従来の2記事収録とIDを維持するが同人関係は留保し、別人と断定できないため新規採番なし。隣接肥前守・嘉兵衛本文は含めない。
判読保留
高尾野地頭に続く天正十一年比の係り方・在任終期は未確定/別掲の民部大輔家諸は従来同一人物に統合されているが、加賀守家諸との同人確定は留保/戦死した陣は本文付記自身が不明としており、没地を補わない

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』