HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
佐多久福
異名・検索語:佐多久福/佐多周防介久福/久福/周防介
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
佐多周防介久福は筑前守延久の子で、門之浦に住んだ。見出しには「子孫なし」と注す。天正年間、久福の家人らに海賊を働く者があり、その事が京都に伝わって秀吉が怒った。宗子久慶は久福を殺して秀吉に報告し、事は収まったが、久福の家の祭祀は絶えたと記す。久福本人が海賊行為を働いたとは記されていない。没年の詳細・没地・墓所は記載されない。
系譜・人物関係
本文は筑前守延久子ナリ、見出し小字は子孫ナシ。父の姓を島津とする旧説明は当該条で確認できず削除。冒頭小字には父祖の系譜が続くが、三男の係り先や一部諱を留保し久福自身を三男と断定しない。宗子久慶が久福を処断するという関係を記す。
奉公・役職
周防介を称し門之浦に居住。奉公先・地頭職・知行高などの具体的記載はない。宗子久慶の行為を本人の役職に含めない。
軍役・事績
天正年中、久福家人等に海賊となる者があり、事が京都に伝わって秀吉が怒る。宗子久慶が久福を殺して秀吉に報告し、事が解けたとする。本人の海賊実行・命令や戦功を記したものではない。久慶の処断目的を嫌疑を解くためと断定する旧説明は、本文の因果以上の補足として採らない。
生没・法名等
天正年間の海賊事件に伴って久慶に殺されたと記すが、具体的な没年月日・没地・年齢・法名・葬所は記載されない。門之浦は居住地であり没地とは断定しない。子孫なしの小字と、遂に其祭を絶つという結びを区別して保持。
- 統合人物ID
- HP-0500
- 原人物ID群
- 09-158-05
- 氏・分類
- 佐多
- 掲載巻頁
- 巻9:158
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 本文は筑前守延久子ナリ、見出し小字は子孫ナシ。父の姓を島津とする旧説明は当該条で確認できず削除。冒頭小字には父祖の系譜が続くが、三男の係り先や一部諱を留保し久福自身を三男と断定しない。宗子久慶が久福を処断するという関係を記す。
- 検索キーワード
- 佐多久福/周防介/筑前守延久/子孫なし/門之浦/天正年間/家人/海賊/京都/秀吉/宗子久慶/処断/祭祀断絶
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- AI全2頁を視読し、冒頭の右端で切れた系譜小字を原冊子第2分冊93頁上段末から復元。確認用・AI用各2頁の第1頁のみ修復し、第2頁は内容hash不変。記事は冊子158頁の上段末から同頁下段冒頭へ続き、旧158~160頁という出典範囲を158頁へ訂正。家人・久慶・祖先の記述は本人に関連する記事で新たな独立人物見出しではない。新規採番なし。
- 判読保留
- 冒頭系譜小字の三男の係り先・一部祖先諱は留保。確認できる父名筑前守延久と子孫なしは採用。父の姓島津は当該条では確認できず、旧説明から外す。久福の諱を久広のまま残した原見出し台帳の補助欄も久福へ同期。家人の海賊行為と本人処断を分け、本文固有の事実で公開可とする。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』