HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
宮原景種
異名・検索語:宮原景種/宮原筑前守景種/筑前守/兵庫頭
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項・参照上の注意:祖先系譜と地頭歴の細字は留保。家老代・岩屋城・検地破船死・島原の記事は後続人物に属する。法号・墓所は記載なし。
DESCRIPTION
本文内容説明
宮原景種は初め兵庫頭、のち筑前守を称した。永正十二年生まれで、貴久の代から奉公した。永禄十一年、曽木城を守り、菱刈・相良勢が押し寄せた際には佐多久政への加勢として入城した。翌年の戸神尾の伏兵では、大野駿河忠宗とともに大将を命じられ、軍功を立てた。天正四年八月十三日の高原城攻めでも功があり、須木地頭となった。同六年の高城、九年の肥後葦北、十一年の八代在陣などに供奉し、佐敷などの地頭を務めた。同十五年四月、太閤下向の際に肥後隈庄へ取り詰めて戦死したと記され、七十三歳。
系譜・人物関係
景次は婿養子。仁礼氏から宮原を名乗る祖先系譜を載せるが細字は留保。
奉公・役職
貴久代から奉公。曽木城守備、須木・佐敷等の地頭。
軍役・事績
戸神尾伏兵で大将、高原城攻めの軍功、高城・葦北・八代の供奉。
生没・法名等
永正十二年生。天正十五年四月、肥後隈庄で戦死、七十三歳。法号・墓所の記載なし。
- 統合人物ID
- HP-0363
- 原人物ID群
- 09-178-07
- 氏・分類
- 宮原
- 掲載巻頁
- 巻9:178
- 主題・活動
- 貴久代から奉公。曽木城守備、須木・佐敷等の地頭。
- 人物関係要約
- 景次は婿養子。仁礼氏から宮原を名乗る祖先系譜を載せるが細字は留保。
- 検索キーワード
- 宮原景種/宮原筑前守景種/筑前守/兵庫頭/貴久代から奉公。曽木城守備、須木・佐敷等の地頭。/戸神尾伏兵で大将、高原城攻めの軍功、高城・葦北・八代の供奉。
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 旧共有AI全3頁・原冊178~179頁・分離後の通常AI各2頁を確認済。
- 公開判定根拠
- 既存人物IDを維持し独立小項へ直接案内。景種と後続4名の事績を区別し、疑義を注記して検索公開可。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・人物別分離
- 本文境界判定
- 景種本人は冊178頁上段から下段右端の年七十三まで。後続景次・景晴・景衡・景頼を枝番02~05へ分離。
- 判読保留
- 祖先系譜と地頭歴の細字は留保。家老代・岩屋城・検地破船死・島原の記事は後続人物に属する。法号・墓所は記載なし。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』