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HP-0221巻5:86~87注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

蒲生清綱

異名・検索語:蒲生清綱/蒲生美濃守清綱/美濃守/清綱

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:見出しの清綱に親の異注があり、通称にも異注がある。清綱を基本名として維持し、異記から別人を作らない。/清綱は充清の実子で、茂清の養子入り後に出生したと読む。清綱自身を茂清の養子と誤解しない。/肝付兼演は救出者、信清は救出された子。清綱本人を救出された幼児としない。古代系譜と範清・為清の細字は留保し本人の生没へ移さない。

DESCRIPTION

本文内容説明

蒲生美濃守清綱は、蒲生城主越前守充清の実子。父が茂清を婿養子に迎えた後に生まれたと記される。茂清に日頃から憎まれたため蒲生を逃れ、入来に住んだ。貴久から、旗下に参じれば蒲生の家督を与えると伝えられると、出仕して奉公し、蒲生氏の家督を命じられた。その子信清は幼く蒲生に残っていたが、清綱の出仕を理由に茂清が殺そうとしたため、肝付兼演が蒲生へ赴き、信清を連れて加治木へ帰った。信清も太守公に仕えたと伝える。前半の蒲生・吉田領有や清寛の軍功、範清の降伏・死去などは父祖・同族の記事で、清綱本人の事績とは区別する。本人の没年・没地は記されない。

系譜・人物関係

蒲生城主越前守充清の実子。父が茂清を婿養子とした後の出生。子は美濃守信清。清綱には親の異注がある。

奉公・役職

茂清に憎まれて蒲生を逃れ入来に居住。貴久の誘いに応じ旗下へ出仕して奉公し、蒲生氏の家督を命じられる。美濃守は見出し呼称。

軍役・事績

本人の軍功は明記なし。子信清への殺害企図に対し肝付兼演が蒲生から加治木へ連れ帰ったという関連記事。清寛の軍功・範清の降伏等は別世代。

生没・法名等

本人の没年・没地・享年・法号・墓所明記なし。範清・為清らの死去記事を本人へ移さない。

統合人物ID
HP-0221
原人物ID群
05-086-08
氏・分類
蒲生
掲載巻頁
巻5:86~87
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
蒲生城主越前守充清の実子。父が茂清を婿養子とした後の出生。子は美濃守信清。清綱には親の異注がある。
検索キーワード
蒲生清綱/美濃守/充清/茂清/信清/貴久/入来/蒲生/家督/加治木/肝付兼演
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全2頁・原冊86~87頁・本人記事拡大確認済。
公開判定根拠
本人の入来逃避・貴久への奉公・家督継承を具体化。父祖と子の事績を区別し名の異記と細字留保を注記する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
冊子86頁下段一蒲生美濃守清綱から87頁上段の上代信清モ太守公ヘ奉仕スまで全2頁。父祖・同族と子の関連系譜記事で途中に独立人物見出しなし。次の〇蒲生宮内少輔清宣は別条。通常AI全頁と原冊・拡大照合済、PDF不変・新規IDなし。
判読保留
見出しの清綱に親の異注があり、通称にも異注がある。清綱を基本名として維持し、異記から別人を作らない。/清綱は充清の実子で、茂清の養子入り後に出生したと読む。清綱自身を茂清の養子と誤解しない。/肝付兼演は救出者、信清は救出された子。清綱本人を救出された幼児としない。古代系譜と範清・為清の細字は留保し本人の生没へ移さない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』