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HP-0076巻1:8注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

伊地知朝重

異名・検索語:伊地知朝重/伊地知大膳朝重/大膳/朝重

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

訂正:旧整理の「伊地知重純」は討取相手の福崎和泉守重純と混同した誤読で、見出しに従い「伊地知朝重」へ訂正。人物IDと出典番号は変更していません。未確定事項:冒頭系譜、合戦地等の細字、槍傷と首取り注の係り受け、重時の命名注・味方名・喧嘩相手名。

DESCRIPTION

本文内容説明

伊地知朝重は大膳を称し、天文十一年に川内東郷で生まれたと記す。永禄四年七月十二日の廻合戦で軍功を挙げ、元亀三年九月二十七日の下大隅の合戦では福崎和泉守重純を討ち取った。東郷重治とともに軍功を挙げたとも記される。元和八年に国分鳥越で八十二歳で没した。子の慶右衛門重時は貫明公の奥小姓。十八歳で庄内志和池城攻めなどに功を立て、褒美として慶右衛門の名を与えられた。慶長五年には敵を討ち取り、戦死した味方の遺体を肩に担いで退いた。慶長九年九月二十九日、喧嘩ののち二十三歳で切腹したという。

系譜・人物関係

見出しは伊地知大膳朝重。本文中の福崎和泉守重純は討取相手で本人ではない。子は慶右衛門重時(初九郎五郎)、子孫は国分。冒頭系譜小注は留保。旧索引の単独記事IDを保持して人名訂正。

奉公・役職

朝重は大膳。旧大膳亮は本条見出しに亮なし。重時は十五歳で貫明公奥御小姓。十八歳庄内志和池城・山之口で軍功、慶右衛門の名を拝領。軍功共同者宮内某には弁助の名を与える記事。

軍役・事績

朝重:永禄四年七月十二日廻合戦ニ軍労、初陣とは明記せず旧初陣断定撤回。元亀三年九月廿七日下大隅崎陣、福崎和泉守重純討取・槍疵様を受けた記載。下大隅荒平で東郷重治と功、境下合戦功。宮原五郎左衛門重純ガ首ヲ取の注は討取・首取分担として慎重に扱う。旧首級を受けたとの説明は撤回。重時:志和池で敵一人討取、宮内某と山之口軍功。慶長五年稲津勢攻入時敵一人討取、戦死味方松下加左衛門様の遺体を肩に掛け退く。

生没・法名等

朝重:天文十一年川内東郷生、元和八年国分鳥越卒八十二歳。法名・墓所は本条不記。重時:同九年は慶長五年に続くため慶長九年、九月廿九日二十三歳で切腹。喧嘩相手は樺山休兵衛様細字留保。切腹地・墓所は不記。

統合人物ID
HP-0076
原人物ID群
01-008-01
氏・分類
伊地知
掲載巻頁
巻1:8
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
見出しは伊地知大膳朝重。本文中の福崎和泉守重純は討取相手で本人ではない。子は慶右衛門重時(初九郎五郎)、子孫は国分。冒頭系譜小注は留保。旧索引の単独記事IDを保持して人名訂正。
検索キーワード
伊地知朝重/大膳/川内東郷/天文十一年/永禄四年七月十二日/廻合戦/元亀三年九月二十七日/下大隅/福崎和泉守重純/東郷重治/宮原五郎左衛門/国分鳥越/元和八年/重時/慶右衛門/奥小姓/貫明公/志和池/山之口/慶長九年九月二十九日/切腹
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI用PDF全1頁を追加精読し原冊8頁・旧統合索引と照合、通常PDFと本文連続・前後境界を確認済み
公開判定根拠
本条見出し・討取相手の文法関係と東郷重治AI本文の伊地知朝重記載を照合。旧統合索引の単独記事IDを保持して朝重へ訂正。国分鳥越八十二歳没と子重時の軍功・切腹を区別し、誤読訂正と細字留保を公開注記に示すため注記付き公開可。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合
本文境界判定
通常版400dpi・AI用全1頁と原冊8頁を確認。右側系譜小注と左端子孫国分有之を保持、前重昌・次太郎兵衛の本文混入なし。子重時まで関連記述で新番号不要。PDF修復不要。人名の問題は既存見出しの誤読でありHP-0076/01-008-01を保持して訂正する。
判読保留
冒頭家系小注、合戦地の細字、槍疵の字形と宮原五郎左衛門の首取り注の係受を最終確定する。/重時と宮内某の命名に付された系図注、遺体を救出した味方名・喧嘩相手名は細字留保。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』