高帳写
年月日未詳 / 冊子 479~519頁
米良隼人所持本をもとに天保七年に伊地知小十郎季安が書き留めた古高帳の写。慶長十五年または十八年の高帳とされ、家臣・寺社等をいろは順に掲げ、各人の高・内高・役分・職分などを大量に記録する。
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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
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年月日未詳 / 冊子 479~519頁
米良隼人所持本をもとに天保七年に伊地知小十郎季安が書き留めた古高帳の写。慶長十五年または十八年の高帳とされ、家臣・寺社等をいろは順に掲げ、各人の高・内高・役分・職分などを大量に記録する。
年月日未詳 / 冊子 334~351頁
寛永九年の高帳写。島津氏家臣・役人・外城担当者を知行高順に列記し、各人の石高、役職・官途・配置先を記す。高禄層から百石前後までの多数の家臣、人数合計、出水・阿久根・水引・各外城の衆中や軍役人数も収録する。
正月十二日 / 冊子 831~833頁
加世田衆の一与に属する者を列挙し、愛徳善左衛門尉・大坊・市来半介ら各人の軍役負担の基準となる知行高を石・斗・升・合で記した軍役高帳。
万治二年 / 冊子 386~417頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書0863
万治二年の鹿府における島津家一門・家臣・諸役人らの高を、人別に石・斗・升単位で列挙し、各集団の人数と高を小計した高帳。吉野行司役分や庄屋層を含み、末尾で惣人数千百七拾八人・惣高四拾萬四千弐百四拾弐石八斗弐升と総括する。肩書・頭書・脇書・「殿」等には異筆注記があり、本文中に九行脱落の注記がある。
年月日未詳 / 冊子 78頁/原整理番号 17-4
国分から移された衆中の高を記す国分衆中高帳の抄録。松崎杢右入道について高七十石四升五合を掲げる。左端の小字頭注には判読不能箇所があり、編者は一部を『門付免カ』と推定している。
元和6年2月27日 / 冊子 78頁/原整理番号 17-5
龍伯の代の国分衆中高帳から、松崎杢右衛門の高七十石四升五合を元和六年二月二十七日付で記す抄録。
寛永9年 / 冊子 79~80頁/原整理番号 17-7
寛永九年高帳から松崎喜右衛門の百石を掲げ、松崎貞盛と貞悦の家歴を続記する。貞盛は文禄四年四月朔日生まれで、寛永九年に島津家久の上洛へ供奉し、同十二年七月二十六日に四十一歳で没して法名を風山秋月とした。貞悦は慶長十七年六月二日生まれで、十三歳で家久に御目見し采女に任じられ、寛永九年から同十一年まで上洛した。帰国直後には、刀を抜いて屋内へ籠った隣人相良善右衛門を傷つけず捕らえようとして取り押さえた。寛永十五年の島原蜂起時には、島津光久の下向に際して黒葛原治部右衛門とともに鎌田出雲から任務を命じられた。正保四年には大島取納の宿割を担当し、名瀬へ渡って取納を行った。慶安四年には島津綱久の前髪取祝儀と琉球への震旦使者来着に関する使者として江戸へ向かい、大坂で油井正雪・丸橋忠弥・川原十郎兵衛らの謀叛情報による騒動に遭遇したため、五日間眠らず江戸へ急行した。芝屋敷で祝物を差し上げ、御目見を遂げて帰国した。
万治2年 / 冊子 81頁/原整理番号 17-9
万治二年己亥の鹿児島衆中高帳から、松崎采女殿の高七十三石三斗を抄出した記事。『高』に続く一字は原刊で黒く潰れ、編者が『直カ』と傍注する。本文注は本件を『旧記雑録追録一』859号文書の抄と推定する。
慶長三年三月廿二日 / 冊子 356頁/原整理番号 3
慶長期以後の高帳や旧記を引き、給地の割当てと田租の変化を考証する。領内の諸士・役人に関する記録を照らし、知行高の算定に用いる史料を示す。
寛永7年7月4日 / 冊子 42~46頁/原整理番号 47
給人別石高を列記し、鹿児島と外城各地の合高・人数を集計する。本文の鹿児島合高は二万七千四百九十六石余、外城は七千五百二十五石余、惣合高は三万五千二十一石余。惣人数千七百十五人を乗馬二十人・陸立千四百三十一人・一ヶ所衆二百六十四人に分ける。当年出物の四分一上地衆は高一石につき銀二匁、三分二上地衆は一匁とし、与頭に精査を求める。外城の区分別石高には合高との相違がある。
本文年月日未詳 / 冊子 356~357頁/原整理番号 4
三斗五升を基準に銀や扶持へ換算する例を示し、領主、郷士、城下の衆中への給地の配分を論じる。知行に伴う役儀と物成、土地と人の扱いを古例から説明する。
明和八年六月給地高札帳四元文六年四月六日 / 冊子 358~361頁/原整理番号 6
諸士の給地から生じる物成の取立て、銀や米での納付、郷役人への申出を項目ごとに定める。知行を受ける家と配分先を区別し、取立て・借用・返済・寺社分などの扱いも記す。
(寛永十一年)閏七月十八日 / 冊子 443頁
島津久元・伊勢貞昌が、薩摩・大隅、日向二郡、琉球の領知判物を得たことを報じ、郷村石高帳の提出に備えて石田三成家臣作成の旧検地帳や以前駿河・江戸へ提出した帳面を照合し、早急に作成するよう命じた書状。
(寛永十二年)二月十二日 / 冊子 473~474頁
伊勢貞昌が国元の家老へ、島津光久と虎寿丸の疱瘡快癒、内藤忠重・安藤重長による領国高帳の受領、将来の用に備えた書状の保管、家久が翌十三日に伏見を出立する予定などを報告した書状。
元禄十四年三月 / 冊子 288頁/整理ID 960
日向国の山木與惣左衛門代官所の村町名を宮崎郡・那阿郡・諸県郡・児湯郡・臼杵郡別に列挙した村付覚。原列挙は上段十四・十四・十二、下段十一の計五十一項目で、花ケ嶋町を一項目として含む。下北方村・瓜生野村・村角村・岡富村・財光寺村・山陰村などを挙げ、古絵図との増減があり得るが現在の高帳に記載して差し上げた村々であると断る。
明和九年辰七月(日無記載) / 冊子 328頁/原整理番号 910/整理ID 910
諸外城で「曖」の差し支えにより寄役を願い出て、そのとおり命じられた者は、高帳その他の書付にも「曖連名」として申し出る扱いであると記す。一方、地頭前にある与頭の内から一往「曖方に差寄」せて勤めるよう命じられた者については、寄曖と同じように連名する扱いと取り違える事例があると聞いたため、今後はその者の書付などに連名することがないよう申し渡す。明和九年辰七月付、主馬・帯刀の連署で、喜入久福・小松清香の注を伴う。
年未詳4月7日 / 冊子 271~273頁/原整理番号 107-14
卯月七日、昌州(傍注では連歌師昌叱か)が某人へ、先日その地へ参上して宿所を訪ねたが留守だったと伝え、京都連歌の『御かし』を平田与進のもとへ送る件について、料紙をまだ用意できないため、まず自分の愚作を差し上げるので書写して返してほしいと頼んだ書状。付属記事は、慶長十六年正月に龍伯が没した後、上原尚氏が鹿府に居住し、食禄百五十一石(国分高帳では百五十三石)で府籍に登ったこと、慶長十八年十二月に大坂事への備えとして老齢のため夫三人を出したこと、元和六年二月の百石以上四分一収公に応じ、残る百五石を食んだことを記す。さらに分家の尚演が家久の御納戸役となり、元和七年の犬追物で四疋を射、寛永九年には食禄七十九石を登録したこと、横川・清水郷・伏見・南林寺等に関わる尚演以下の分家・養子・還俗・御用人・近習役などを系図で示す。連歌書状に上原氏の近世初頭の知行縮減、軍役負担、役職、分家系譜を連ねた構成が特徴である。
慶長期、元和年間・元和8年9月ほか / 冊子 280頁/原整理番号 110
横川士上原氏の祖・上原少監物(のち奉膳兵衛か)から藤右衛門・藤左衛門へ続く系図。少監物は龍伯公が国分にいた時期に慶長高帳で食禄六十石、元和年間には七十五石七斗六升三合を食み、元和八年九月に東郷重位の秘訣書を受けたほか、龍伯がその宅を訪れて刀を与え、その刀を八幡宮へ寄進したと記す。藤右衛門は光久公から名を与えられ、喜入丹波が国分地頭であった時に関わる由緒を持ち、のち横川へ移ったという。藤左衛門は綱久公に従って芝邸へ上り、藤左衛門の名を賜り、二十四歳で横川の役人となった。
慶長十五年 / 冊子 361~363頁/原整理番号 7
慶長十五年の高帳から、寺社・神社、守殿、諸役所等に付く知行高を列挙する。所ごとに石・斗・升・合・勺で数量を示し、後半には人の数と基準石高を付す。
文禄五年 / 冊子 568~569頁/原整理番号 42-1
文禄五年の検地高と後年の高帳を照らし、郷ごとの石高と田畑の作柄を考証する。収穫高を扱う際の差引や課税への影響を述べる。
目録年月日記載なし / 冊子 138~158頁/原整理番号 2
「旧記題苑」。薩隅日図田帳、船法定、御家人交名注文、出水移衆中帳・国分御番帳・諸士高帳など、島津家・薩摩藩に関わる古記録や書籍の名を挙げ、それぞれの内容、成立時期、所蔵者、異名を短く注記する。後半は地誌、寺社、系譜、和歌・詩文集や旅行記にも及ぶ書目・解題である。
目録年月日記載なし / 冊子 159~178頁/原整理番号 2
大阪大学附属図書館本の「旧記題苑」。薩隅日図田帳・船法定、島津家の御番帳・諸士高帳・地誌・系譜・寺社書・和歌や詩文集などの書名を並べ、内容・所蔵・冊数を注記する。末尾の「新納家書目」は新納家に伝わる関ヶ原前後の書付などを列挙する。
寛永六年十一月廿一日 / 冊子 355~356頁/原整理番号 2
本田助之丞所蔵の帳面から、定禄、島津久光ほかの知行高、各所の石高を抜き書きする。給地の数量を石・斗・升・合・勺の単位で列挙する。
[元禄九年]月晦日 / 冊子 363~382頁/原整理番号 8
御分国中の惣高・差引高を示したのち、薩摩・大隅・日向の各郡・外城について、知行取、寺社家、地頭などの人数と給地高を列挙する。石高の階層別集計、郷ごとの取分、乗馬役なども収める長大な高帳抜書。