殉国名薮
年月日未詳 / 冊子 75頁
天正十三年八月の肥後戦線における島津方の戦没者を、日付・戦場・戦死状況とともに列挙した「殉国名薮」。花山城を守って戦死した鎌田政虎、堅志田城攻めで倒れた木脇祐昌・西俣七郎・村山源太らを記し、矢部兵部左衛門尉が三人に囲まれて戦死したことなど、個別の譜では見えにくい損害の広がりを伝える。
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年月日未詳 / 冊子 75頁
天正十三年八月の肥後戦線における島津方の戦没者を、日付・戦場・戦死状況とともに列挙した「殉国名薮」。花山城を守って戦死した鎌田政虎、堅志田城攻めで倒れた木脇祐昌・西俣七郎・村山源太らを記し、矢部兵部左衛門尉が三人に囲まれて戦死したことなど、個別の譜では見えにくい損害の広がりを伝える。
年月日未詳 / 冊子 94~96頁
肥後花山城を阿蘇方の大軍が攻めた際の籠城戦を、勝部兵右衛門が詳細に回想した聞書。三艘の船で入城した島津方は少人数ながら城門から打って出て敵を斬り、城妻子を福島へ退避させつつ、鉄砲・太刀・弓で抗戦した。城内の兵糧不足、味方の負傷と戦死、敵の攻城、退却後の再合流までを生々しく記し、木脇祐昌・鎌田政虎らの最期や、阿蘇方との兵力差が分かる合戦記録である。
年月日未詳 / 冊子 97~98頁
肥州八代の花山城を阿蘇方が攻めた際、鎌田左京亮政虎ら島津方が少人数で籠城した戦闘を長谷場越前が記す。敵は城を包囲して火を放ち、守兵は騎馬・弓・鉄砲で応戦し、城外へ打って出て挟撃した。武器を失っても敵を追う兵、負傷者、首級、討死の状況まで描かれ、花山合戦の激しさと個々の兵の動きが具体的に分かる。
年月日未詳 / 冊子 98頁
木脇刑部左衛門尉祐昌と鎌田左京亮政虎が肥後国花之山で戦死し、祐昌が辞世を残したことを記す島津義久譜の記事。 No.47の辞世本文と対応し、二人の戦死を島津家の公式的な譜記事から確認できる点に史料的価値がある。