島津忠治書状
十一月二日 / 冊子 272頁
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実および綱津・京泊の知行境をめぐる状況を尋ね、世間の動向に注意し、詳細は年寄衆から申し入れるとした内容。
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十一月二日 / 冊子 272頁
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実および綱津・京泊の知行境をめぐる状況を尋ね、世間の動向に注意し、詳細は年寄衆から申し入れるとした内容。
十一月二日 / 冊子 273頁
島津忠治が、祁答院重実と綱津・京泊の知行境の状況を尋ね、世間の動向に注意するよう促し、三か国における相手の立場を頼み、詳細は年寄衆から伝えるとした書状。
十二月廿一日 / 冊子 273頁
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実と綱津・京泊の知行境、世間の動向、年寄衆による伝達を扱う。
八月廿四日 / 冊子 273頁
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実と綱津・京泊の知行境、世間の動向、年寄衆による伝達を扱う。
正月廿日 / 冊子 273頁
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実と綱津・京泊の知行境、世間の動向、年寄衆による伝達を扱う。
十一月二日 / 冊子 311頁
本文はNo.623と同文のため省略されている。No.623によれば、島津忠治が、祁答院重実と綱津・京泊の知行境の状況を尋ね、世間の動向に注意するよう促し、三か国における相手の立場を頼み、詳細は年寄衆から伝えるとした書状。
十一月二日 / 冊子 311頁
本文は「全上」とされ、No.716と同じくNo.623と同文のため省略されている。No.623によれば、島津忠治が、祁答院重実と綱津・京泊の知行境の状況を尋ね、世間の動向に注意するよう促し、三か国における相手の立場を頼み、詳細は年寄衆から伝えるとした書状。
十一月廿四日 / 冊子 312頁
本文はNo.623と同文のため省略されている。No.623によれば、島津忠治が、祁答院重実と綱津・京泊の知行境の状況を尋ね、世間の動向に注意するよう促し、三か国における相手の立場を頼み、詳細は年寄衆から伝えるとした書状。ただし目録の年月日は十一月廿四日で、参照先No.623の十一月二日とは一致しない。
年月日未詳 / 冊子 81~83頁/原整理番号 13
伊地知越後守重実の日記から、天文二十二年正月朔日から閏正月十五日までの記事を抜く。御社参、椀飯、三献、寺社への参詣、客の来訪、御狩、連歌、各地への移動など、藩主と周囲の年頭行事を日ごとに記す。料理・献酬・参上者の名も多く、年中儀礼の実際を示す記録。
天文21年正月朔日 / 冊子 180~181頁/原整理番号 100
天文21年正月朔日の社参、老中による酒の持参、春山の狩、妙善寺参候などを記す古日記。伊地知越右衛門家に正本があることと、大中様御代の古日記である旨を付記する。
宝暦九年五月十九日 / 冊子 170頁/原整理番号 65
『伊地知越後守重寅日記』天文二十二年正月の記事。元日に社参があり、二十日には春山で御狩が行われ、酒盛りをしたと記す。