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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

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追録6-No.181-17達書旧記雑録暫定版確認度 高

池田治政・上杉重定留守居連署廻状

松平内蔵頭家の中村善右衛門・長谷川九兵衛と、松平大炊頭家の舟橋源太左衛門・笹生彦五郎が二月十八日、筒井大和守から届いた廻状と書付写一通を同席の諸家へ送る。内蔵頭・大炊頭へ申し聞かせたところ、各家へ伝達するよう命じられたため、写を廻すという。各家から個別に返答するには及ばず、通達が済んだ後に連署者らから筒井大和守へ届けると述べ、数通の廻状を作成して持廻りさせる。後書には、嫡子や隠居がいる家では、その附衆まで伝達するよう求める。宛先欄は留守居宛を列挙し、薩摩守・陸奥守については国元へ申し聞かせ、相模守については国元へ申し越す旨の注記がある。

登場人物
池田治政(松平内蔵頭)、上杉重定(松平大炊頭)、中村善右衛門、長谷川九兵衛、舟橋源太左衛門、笹生彦五郎、筒井忠雄(大和守)
宛先
諸家留守居(松平薩摩守・相模守・陸奥守等)
キーワード
二家留守居、廻状、書付写一通、同席、順達、返答、国元伝達、嫡子、隠居、附衆
追録6-No.151記事旧記雑録暫定版確認度 高

明和二・三年間公辺記事

明和二年乙酉・三年丙戌の公辺行動記録。二年正月二日に大家へ朝賀し、廿一日に鶴を賜る。二月四日に琉使が薩府へ着き、十九日に島津大蔵久通の改称、廿五日に山城久定の家老辞職を記す。三月四日、輝高・正右・若年寄らを芝邸に招き、貴樹君誕生を祝う。六日に宗衍ら十八名、九日に重定ら二十二名、四月五日に忠恭らを再び招き、十三日には大家が康福を遣わして物を贈り、芝邸で散楽を行う。十五日に朝謁・拝恩、廿一日に帰国を賜り、護摩所不動へ首途の参詣、廿五日に浄岸君・真含君を招いて散楽・宴を催す。五月四日芝邸発、十九日伏見着、廿日京・宇治を微行、廿一日大坂着、廿四日大坂発、六月廿二日府城着。七月朔日に山下・西田・築地三館を訪ね垂水邸に還り、三日に大雄・玉龍・松峯へ参詣、五日に築地で三公子を伴い宴、十五日に松峯・玉龍へ先廟を謁し、十九日花火見物。廿一日仲久健を家老、久卜を大御目附、金陣・行旦を側御用人に任ずる。八月十九日の国老免職・廩米百苞終身給付、九月六日の政府職免職・以後の朝班国老待遇、廿九日の河野通古の若年寄任命、十月九日の久起の大御目附就任・外記への改称を記す。十一月廿六日市来で放鷹、廿七日湊で羽島の唐船を見物して市来へ還り、廿八日伊集院に宿す。廿九日鹿児島横井に館を造り、尾畔に入り還府。十二月三日に諏訪・祇園へ首途参詣、四日散楽、四日は卯刻から翌卯刻まで能二十番・狂言十番、廿五日に荒平で狩りを行う。三年正月廿三日府城発、大口路を経て翌日金山見物、廿六日佐敷着、二月廿二日兵庫から微行して布引滝・摩耶山を訪ね、廿三日大坂着、廿四日市人らと会う。廿五日竹田近江に書院でからくりを行わせ、従士にも見物を許し、廿六日芝居、廿八日伏見着、廿九日京都微行、三月朔日桃園・万福寺を見物、二日発、十九日芝邸着。目録は記事。

登場人物
重豪、大家、島津大蔵久通、島津山城久定、松平右京大夫輝高、阿部伊予守正右、鳥居伊賀守忠喜、松平出羽守宗衍、上杉大炊頭重定、酒井雅楽頭忠恭、有馬中務大輔頼徸、有馬上総介頼貴、伊達遠江守村候、松平采女正忠恕、松平周防守康福、浄岸君竹姫、真含君継豊女・菊姫、貴衛、忠紀、貴澄、島津仲久健、桂織部久卜、関山新左衛門金陣、二階堂部行旦、河野八郎左衛門通古、島津十太右衛門久起、竹田近江
宛先
—
キーワード
明和二年乙酉、明和三年丙戌、朝賀、賜鶴、琉使薩府着、貴樹君誕生祝宴、諸侯饗応、散楽、拝恩、帰国許可、帰国行程、社寺参詣、微行、花火、役職任命、廩米百苞終身、放鷹、羽島唐船、横井館、能二十番、狂言十番、荒平狩猟、参府行程、布引滝、摩耶山、書院からくり、従士見物許可、卯刻から翌卯刻、芝居、桃園、万福寺
追録6-No.84記事旧記雑録暫定版確認度 高

琉使、将軍ニ謁ス

改元・重豪の朝覲と琉球使節の来聘を記す。宝暦十四年六月十三日に明和と改元、七月朔日に例どおり朝覲し、翌日大圓寺の先廟に謁した。八月三日、将軍の使番が鷹で捕えた雲雀を邸へ届け、重豪は松平本次郎を通じて謝恩した。九月廿七日には有馬・酒井・上杉・伊達の諸侯を芝邸へ招き散楽を催し、十月五日には南部両侯と散楽を行った。中山王尚穆は読谷山王子・湧川親方を正副使として江都へ遣わし、将軍の承統を賀した。八月廿三日に国老川田国福等の監護で鹿府を発ち、十月廿一日に樺山左京久智を国老とし、十一月九日に琉使が芝邸へ到着。十三日、重豪は従四位上中将となり、池田筑後守が廩米三千苞を先例により下賜した。十五日に琉使の献上があり、重豪は王子・親方を饗して琉人の散楽・踊りを大御書院で見た。十八日は王子等を大御書院で食し、十九日は表書院で囃子を催し、私に王子等を外庭茶亭へ招いて観鷹、廿一日は聘賀礼を行い、廿五日には朝貢の饗宴を例どおり催した。十二月三日に再び琉人の朝貢を受けて食し散楽を行い、四日は散楽の試演と観鷹、五日は再び饗して散楽を見た。六日は浄岸君の命による外庭茶亭の演芸を琉人も観覧し、九日に茶亭で餞別、十一日に国福等の監護で邸を発った。同月廿二日の徳川宗尹の一橋での薨去と、慈照夫人が命令どおり喪に服したことも記す。末尾に十二月十五日の朱注がある。

登場人物
重豪(本文公)、大家(将軍)、御使番松平本次郎(定得、人物注)、有馬中務太輔(頼徸、人物注)、酒井備前守(忠仰、人物注)、上杉大炊頭(重定、人物注)、伊達遠江守(村候、人物注)、南部大膳大夫(利雄、人物注)、南部信濃守(利謹、人物注)、中山王尚穆、読谷山王子、湧川親方、川田国福等、樺山左京久智、池田筑後守(大目付・政倫、人物注)、浄岸君、徳川宗尹、慈照夫人(重豪妾、人物注)
宛先
—
キーワード
明和改元、朝覲、大圓寺、雲雀下賜、謝恩、芝邸、散楽、中山王尚穆、読谷山王子、湧川親方、川田国福、琉使参府、従四位上中将、廩米三千苞、聘賀礼、朝貢、饗宴、観鷹、外庭茶亭、帰途監護、徳川宗尹薨去、慈照夫人居喪
追録6-No.181-16達書旧記雑録暫定版確認度 高

筒井忠雄(大目付)廻状

大目付筒井大和守が二月十八日、上杉大炊頭と松平内蔵頭の留守居に、松平右近将監から渡された書付一通を送り、内容を承知して同席の各家へ漏れなく通達するよう命じる。返答については、各家から個別に挨拶するには及ばず、通達者から申し聞かせるよう指示している。

登場人物
筒井忠雄(大和守)、松平右近将監、上杉重定(大炊頭)、池田治政(松平内蔵頭)
宛先
上杉大炊頭・松平内蔵頭の留守居
キーワード
大目付、書付一通、同席、各家通達、留守居、返答、個別挨拶不要
追録6-No.181-18書状旧記雑録暫定版確認度 高

東郷実孝廻状添状

東郷源五が二月十八日、此面に、筒井大和守からの廻状と書付写一通が、上杉大炊頭家と松平内蔵頭家の衆の添廻状を伴って到来したため、写を差し上げると報告する。二家の留守居による伝達を経て薩摩側が書類を受領し、その写を送付したことを記す。

登場人物
東郷実孝(源五)、高橋種寿(此面)、筒井忠雄(大和守)、上杉重定(大炊頭)、池田治政(松平内蔵頭)
宛先
此面(高橋種寿)
キーワード
東郷源五、此面、廻状、書付写一通、添廻状、受領、写送付