入来院重嗣起請文
天文十九年二月廿日 / 冊子 887頁
入来院重嗣が信義・守護と秘密保持を誓い、違背すれば神罰を受ける旨を列挙した起請文。
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天文十九年二月廿日 / 冊子 887頁
入来院重嗣が信義・守護と秘密保持を誓い、違背すれば神罰を受ける旨を列挙した起請文。
元亀元年 / 冊子 230~231頁
元亀元年の主要事件を編年で記す。正月、渋谷党が隈城以下の諸地を差し出して降伏し、義久は罪を許して領地を再配分、家久を隈城地頭とした。正八幡宮・興国寺などへの所領寄進、貴久・義久から琉球国王への国交継続書状、印判を持たない商船の取締要請を載せる。六月以降は幕府への祝賀、喜入季久の上洛と太刀・馬代・黄金の献上、福昌寺領寄進、将軍から義久への御内書・太刀下賜を記す。
延享二年十月二日 / 冊子 829頁/整理ID 2198
継豊公御譜。十月二日、家重嗣位の拝礼に在府諸侯が登城し、病中の継豊は家老島津大蔵久純を使者として家重へ太刀一腰・裸背馬一匹を献じた。馬は鹿毛・四歳内・寸五分・薩州立と記す。番頭代宮之原甚五兵衛通興は吉宗へ太刀一腰・馬一匹の祝儀を届け、留守居代里村藤太夫景典は家治へ干鯛一箱・昆布一箱・樽代五百疋を献じ、御部屋へも祝賀した。同日、老中酒井忠知・松平乗邑・本多忠良・松平乗賢と松平右京大夫輝貞の各邸へ太刀一腰・馬代金十両を贈った。吉宗隠居祝には番頭代鎌田六郎太夫政方が吉宗へ鯛一箱・昆布一箱・樽一荷を献じ、番頭代二階堂林左衛門行通が家重へ同品を献じた。吉宗と家治へは、それぞれ同じ使者が干鯛一箱・樽代五百疋を献じた。
延享三年 / 冊子 914頁/整理ID 2450
継豊公御譜。将軍嗣位後の島津家の初参府年には鞍馬二匹を献じる先例がある。継豊は病気で江戸に滞在中だが、家重嗣位後の延享三年が初参府年に当たるので、前年に老中へ照会し、四月二十五日に先例に従って領国産の龍蹄二匹を献じたとする。
延享二年九月二十七日 / 冊子 827頁/整理ID 2193
家重の将軍嗣位に際し、継豊は長年病を養い、宗信も薩摩に在国していて、ともに直接祝いの儀を行えない状況だった。九月二十七日、継豊は執政の本多忠良に相談し、その後、堀田正亮から示された扱いや、宗信の参府時に礼を行う可能性を記す。