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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
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旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0147勲功記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納忠元勲功記

天正七年春、天草紹白が来迎寺の使僧を介して忠元と交渉し、出水の義虎と和睦した経緯を記す。忠元は大友に従うことの不利を説き、将軍義昭の大友退治の沙汰を受けて肥後で活動した。鎌田寛栖とともに志岐・上津浦・栖本・大矢野ら五人の城主を出水へ招き、島津への奉公・降伏に導いた。肥後の領地拡大を忠元と寛栖の勲功とする。

登場人物
新納忠元、天草尾張守入道紹白、義虎、足利義昭、大友宗麟、鎌田寛栖、志岐弾正忠入道麟泉、上津浦上総介鎮貞、栖本上野介、大矢野某
宛先
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キーワード
新納忠元勲功記、天草との和睦、使僧、大友への従属、将軍の退治命令、五人の城主、島津への奉公、忠元と寛栖の勲功
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:3略系譜・藤原姓菊池氏末流/志岐氏由緒・薩摩移住旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤原姓菊池之末流志岐氏略譜

藤原姓菊池氏の末流とする志岐氏の略譜。警固太郎経隆の嫡男経政を山鹿太夫兵藤四郎の嫡流とし、肥前国志岐六箇浦を領した重弘、志岐城主でのち入道麟泉と号した鎮経、親重へ系線をつなぐ。親重は天正十六年、加藤清正・小西行長に志岐城を攻められて降伏し、豊臣秀吉の命によって清正の従軍として肥後へ移り、文禄元年には清正に従って朝鮮・高麗へ渡海し、清正から四百二十石を与えられた。親重の子親益・親昌は島津義虎の娘を母とし、寛永九年に清正嫡男の肥後守が没落すると、親昌は肥後を去って薩摩へ来住し家臣となった。

登場人物
警固太郎経隆、経政、山鹿太夫兵藤四郎、重弘(弾正)、鎮経(兵部大夫・志岐城主・豊前守・麟泉)、親重(兵部大夫・藤右衛門)、加藤清正、小西行長、豊臣秀吉、親益(正助)、島津義虎、親昌(小左衛門)、加藤忠広(清正嫡男肥後守)
宛先
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キーワード
藤原姓菊池氏、志岐氏略譜、警固太郎経隆、経政、山鹿太夫兵藤四郎、重弘、肥前国志岐六箇浦、鎮経、志岐城主、麟泉、親重、天正十六年、加藤清正、小西行長、志岐城降伏、豊臣秀吉、肥後移住、文禄元年、朝鮮渡海、高麗、四百二十石、親益、親昌、島津義虎女、寛永九年、加藤忠広改易、薩摩来住、家臣