旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:41系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
国分氏系図
年月日未詳 / 冊子 157~159頁/原整理番号 41
『国分平八郎家系図』と題し、八文字紋を掲げる国分氏の系図。康友は兼宗大納言知国の四男とされ、鹿児島大夫・新田宮・鹿児島藤内・左馬允・大夫判官・薩摩国司などの称を伴い、島津忠久の猶子となった由緒を記す。定友以下の諸系線を展開し、友久は国分左衛門尉を号し、頭注に執印康友三男の鹿児島四郎友家を平野氏祖とする異説を載せる。友成・久成らへ続き、久成は羽島を号した。五代院右衛門友清の年代、五代筑前守が島津立久に仕え京都所司代浦上美濃守則宗から送られた書状、友宗が島津忠国の伊東征伐で功を立て加江田等を与えられたことを記す。友綱・友明は肝付合戦の平房八幡で討死し、友秀は朝鮮番船で討死した。末尾は友昌(蔵人)―友快(喜兵衛)と続き、その子孫を助之進とする。