大内義興書状
〔明応九年〕三月十三日 / 冊子 563~564頁
大内義興が入来院氏に、先に申し通じた件を引き続き進め、忠節を尽くすよう求めた書状。
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〔明応九年〕三月十三日 / 冊子 563~564頁
大内義興が入来院氏に、先に申し通じた件を引き続き進め、忠節を尽くすよう求めた書状。
〔明応九年〕九月三日 / 冊子 564頁
大内義興が入来院氏の働きを喜び、懸案が決着したことを伝え、今後も忠節を尽くすよう求めた書状。
正月十一日 / 冊子 564頁
大内義興が入来院氏の進状を受領したことを伝え、訴えの趣旨を認めて忠節を尽くすよう求めた書状。
七月廿三日 / 冊子 662頁
大内義興が本田三河守に、近年匠作との関係が不安定だと聞いたので旧来の筋目を守ることが肝要であり、詳しくは杉三河守が伝えるとした書状。
(大永八年)七月廿三日 / 冊子 694頁
大内義興が島津忠朝に、国内騒乱の調停について意向を伝え、詳しくは杉興重から申し述べるとした書状。
(享禄元年)七月廿三日 / 冊子 694頁
大内義興が新納近江守に、近年の対立を和らげ和睦を整えるよう求め、詳しくは杉興重から伝えるとした書状。
三月十三日 / 冊子 92頁
大内義興が入来院氏に宛てた書状。長年にわたり大内家との交際に等閑がないと聞いたことを喜び、今後も変わらず一味して協力するなら本意であると伝えている。
九月三日 / 冊子 92頁
大内義興が入来院氏に宛てた書状。願いの件を疎略なく承ったことを喜び、相手方とも特に申し通じているので、今後も二心なく協議し、一味して相談を続けたいと述べている。
正月十一日 / 冊子 92-93頁
大内義興が入来院加賀守に宛てた書状。先の書状への丁重な返答を喜び、今後も交流を続けたいと述べる。前年十二月晦日に当国へ移ったことを報じ、上意に従って天下のために力を尽くすので、今こそ忠節を励み、諸事を相談するよう求めている。
十一月二日 / 冊子 278頁
大内義興が、渡唐船と塩田方面の件、使者の入魂と進展、太刀・腰長などの贈答について嶋津陸奥守へ伝えた書状。
八月廿二日 / 冊子 278頁
本文では番号・出典表示と宛先のみが確認でき、書状本文は掲載されていないため、内容を確定できない大内義興書状。
十一月朔日 / 冊子 491頁
殿中で面会できたことを喜び、約束していた朝鮮豹皮五枚を贈った宗義興書状。
年月日未詳 / 冊子 563頁
足利義材が防州山口へ下り、大内義興が近国の軍兵を催促した際、入来院重聡は薩摩国内の争乱のため招集に応じられなかったことを記す記事。
七月廿三日 / 冊子 308頁
義興が本田因幡守に、近年の匠作との不和について、同じ家中のことなので無事に収めるのが本意であり、匠作にも同趣旨の書状を送ったとして、早急な一味・和解を求め、伝芳院からも説明させると告げた書状。
文書日付:十月廿七日 / 冊子 285頁/原整理番号 三七九/整理ID TMP-P02-NENE2-D0379
名字の文字に相違があるかを述べ、去夏の音信への礼が路次の難儀で遅れたことを詫びる。 大内義興の書状と新納方の件、飛脚による伝達に言及し、返事を求める。 豊前・筑前への入部や肥前・筑後への取向は、聞いたところとして伝える。 書状類を見て応答するよう求め、本状の披露を不要とする意を記す。
現行年紀:正月十一日 補記(正文と別層):(明應九年) / 冊子 87~88頁/原整理番号 147/整理ID KW1-P01-39f4516f-D0147
前年の進状について到着を問い、引き続き連絡を求める。 公方様の当国への移居を述べ、上意に従った勲功と忠節を促す。
年月日未詳 / 冊子 661~662頁
『本田親安伝』に、大永六年七月廿三日、管領大内義興が杉三河守に書状を持たせ、島津忠兼へ働き掛けたことを記す記事。続くNo.2037にその書状本文を収める。
明和七年十月 / 冊子 323~324頁/原整理番号 34
比志島氏の由緒を述べる抄録。左馬助義興らの奉公と、比志島氏の家筋が島津家から認められた経緯を記し、家中の役職、相続や家格に関する伝承を挙げる。