後編3-No.1396記録確認度 高
上野隼人覚書
年月日未詳 / 冊子 670-671頁
慶長五年の関ヶ原敗戦後、須木衆は島津方を迎えて日向へ進み、十月朔日に紙門寺を攻めた。俵屋原弥介との戦いでは十九歳の村尾長介と二十歳の上野彦九郎が負傷しながら敵を討ち、村尾笑栖が若者の働きを称えた。その後、上野隼人は細島で島津義弘(惟新)へ拝謁し、鹿児島清水で弓の技を披露した。
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年月日未詳 / 冊子 670-671頁
慶長五年の関ヶ原敗戦後、須木衆は島津方を迎えて日向へ進み、十月朔日に紙門寺を攻めた。俵屋原弥介との戦いでは十九歳の村尾長介と二十歳の上野彦九郎が負傷しながら敵を討ち、村尾笑栖が若者の働きを称えた。その後、上野隼人は細島で島津義弘(惟新)へ拝謁し、鹿児島清水で弓の技を披露した。
(文禄元年) / 冊子 527頁
島津久保が、又八郎を公家に取り立てる件、知音の確保、小嶋屋道察への相談、馬乗・旅中役・代官などの担当者を箇条書きにした覚書。上井神五郎には二役、樺山権左衛門尉には旅中の役を命じるなど、久保周辺の随行・家政・交渉を担う人員配置を具体的に示す。