SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

2 件 (全巻)/ 1–2件を表示

ページ 1 / 1

旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:58系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東作太夫家系図

伊東作太夫家の系図。祐康は井尻を号し源兵衛を称し、祐能は孫右衛門として伊作久逸に仕え、加世田で戦死したと記す。傍注はその時を久逸が戦死した明応九年庚申十一月十一日であろうとする。祐秀は四郎左衛門で間瀬川に戦死。祐貞は伊賀守として日新公に仕え、天文七年戊戌に日州日知屋へ移って地頭となった。別系の祐盛は伊賀守で功があり、祐盈は太郎四郎を称して京都で没した。末尾の祐義は伊左衛門、寛永十一年生まれで母を仁礼蔵人の女とし、養子で実は喜入休右衛門久守の三男、伊東へ改号したと記す。島津光久の江戸下向時に平戸で没した。

登場人物
祐康、祐能、伊作久逸、祐秀、島津忠良(日新)、祐貞、祐盛、祐盈、祐義、仁礼蔵人、喜入休右衛門久守、島津光久
宛先
—
キーワード
伊東作太夫家系図、祐康、井尻、源兵衛、祐能、孫右衛門、伊作久逸、加世田戦死、明応九年十一月十一日、祐秀、四郎左衛門、間瀬川戦死、祐貞、伊賀守、日新公、天文七年、日州日知屋、移住、地頭、祐盛、有功、祐盈、太郎四郎、京都死去、祐義、伊左衛門、寛永十一年、仁礼蔵人女、養子、喜入休右衛門久守、三男、伊東改号、島津光久、江戸下向、平戸死去
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:59系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東権角家系図

伊東権角家の系図。曾我大臣の末孫・曾我兵部祐清の二男とする祐泰を祖とし、祐泰は井尻を号して八郎右衛門・七郎次郎を称した。祐貞(七郎右衛門・八郎次郎)から、祐徳(権之介・七郎右衛門)、祐守(九郎次郎・佐渡)、祐俊(八郎右衛門・早左衛門)へ続け、別系に祐元(九郎次郎・佐渡守)、祐宗(九郎次郎・佐渡守)、祐雪(九郎次郎・相左衛門)を掲げる。祐宗は高原で戦死した。末尾の祐保は八兵衛・権右衛門を称し、元和六年に相模国の宗家・伊藤惣左衛門祐重を請い、井尻から伊東氏へ改めたと記す。身帯逼迫のため御酒蔵役・御里役を務めた。

登場人物
曾我兵部祐清、祐泰、祐貞、祐徳、祐守、祐俊、祐元、祐宗、祐雪、祐保、伊藤惣左衛門祐重
宛先
—
キーワード
伊東権角家系図、曾我大臣末孫、曾我兵部祐清、祐泰、井尻、八郎右衛門、七郎次郎、祐貞、七郎右衛門、八郎次郎、祐徳、権之介、祐守、九郎次郎、佐渡、祐俊、早左衛門、祐元、佐渡守、祐宗、高原戦死、祐雪、相左衛門、祐保、八兵衛、権右衛門、元和六年、相模国、宗家、伊藤惣左衛門祐重、井尻改称、伊東氏、身帯逼迫、御酒蔵役、御里役