SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

7 件 (全巻)/ 1–7件を表示

ページ 1 / 1

追録6-No.1487その他文書旧記雑録暫定版確認度 高

菱刈源藤治の加冠に際し藤馬介の名を定める

加冠に際して藤馬介とすべき旨を記す。安永六年酉十月朔日。菱刈源藤治の名が記され、花押には島津重豪の注がある。

登場人物
重豪(原注)、菱刈源藤治、藤馬介
宛先
菱刈源藤治
キーワード
加冠宜為藤馬介、安永六酉十月朔、菱刈源藤治、花押重豪原注
後編3-No.1176記事確認度 高

川上忠兄譜

関ヶ原合戦で味方が敗れ退却しようとした際、大軍が襲来したため、川上忠兄の家臣柏田源藤が先頭の将へ鉄砲を放ち、弾を受けた大将が落馬したと記す。敵軍がその将を救う間隙に一同が危地を脱し、後に撃たれた将が井伊直政であったと聞いたとする。刊本は「柏田源藤」と表記し、『本藩人物誌』巻五では「柏木源藤」と記す。

登場人物
川上忠兄、柏田源藤、井伊直政
宛先
該当なし
キーワード
川上忠兄譜、関ヶ原合戦、退却戦、柏田源藤、鉄砲、井伊直政、落馬、危地脱出、柏木源藤(本藩人物誌)
後編3-No.1349記録確認度 高

平山九郎左衛門申状

井伊直政(原文は「伊井掃部殿」)を、川上四郎兵衛の配下で源藤という者が鉄砲で撃ったと伝えるが、申述者自身は確実には知らないとする短い証言。源藤の姓は記されていない。

登場人物
平山九郎左衛門、井伊直政、川上四郎兵衛、源藤
宛先
該当なし
キーワード
平山九郎左衛門申状、井伊直政、川上四郎兵衛、源藤、鉄砲、伝聞、関ヶ原合戦
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W15_23系図抜書・合戦記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊東系図祐安伝の曾井・源藤合戦記事

『伊東系図祐安伝』から、応永十九年九月二十五日に島津元久の軍兵が曾井・源藤に陣を取り、大勢を討ち取ったとする合戦記事を引く。本文は次頁上段右側の結語まで続く。

登場人物
伊地知季安(編纂)
宛先
宛先明示なし
キーワード
伊東系図祐安伝・応永19年・島津元久・曾井・源藤
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W15_24旧記抜書・合戦記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

日向記の曾井・源藤合戦記事

『日向記』から、応永十九年九月二十五日に島津勢が曾井・源藤へ陣取った際、伊東祐立が一族と土持氏を率いて曾井城に籠もり、島津勢の陣を崩して源藤川まで追ったとする記事を引く。

登場人物
伊地知季安(編纂)
宛先
宛先明示なし
キーワード
日向記・応永19年・曾井・源藤・伊東祐立・土持氏
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W15_25自記抜書・年代考証旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

山田聖栄自記の源藤合戦・穆佐西城記事と年代考証

『山田聖栄自記』は、曾井・源藤の合戦で島津方が損害を受け、御曹子二人を末吉へ移したことや、伊東勢が穆佐西城へ攻め込んだことを記す。季安は伊東系図・日向記との記述差を比べ、忠國・用久の年齢と聖栄が記録した時期を検討する。さらに島津家の内紛と伊東氏の勢力拡大を年次に沿って整理し、自記が複数代の出来事を省略・圧縮した可能性を論じる。

登場人物
山田聖栄(引用自記)、伊地知季安(考証)
宛先
宛先明示なし
キーワード
山田聖栄自記・源藤合戦・穆佐西城・忠國・用久・伊東氏・年代考証
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W15_77史伝・日向記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

日向記の伊東祐堯と会井氏の戦闘記事

会井殿が島津方へ同意したとの風聞を受け、祐堯が十一月二十五日に出陣して会井を攻め、十二月三日に攻略したと記す。下大田・同恒久・大塚・田吉・本郷・隈野・鏡・源藤などの知行と地頭の伝承を続ける。

登場人物
日向記(引用)
宛先
宛先なし
キーワード
日向記・文安元年・伊東祐堯・会井・島津方・攻略・地頭