旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:130-17文書・連署安堵状/河上村地頭職領掌旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
島津氏久・基久連署安堵状
貞治6年6月27日 / 冊子 335~336頁/原整理番号 130-17
貞治六年六月二十七日、基久と島津氏久が河上次郎左衛門尉へ連署して出した安堵状。申談の事情を踏まえて市来院内河上村地頭職を計らい定め、今後その領掌に相違がないことを保証する。付随系譜は河上氏六代の家富が次郎左衛門尉・山城守を称し、法名を道周としたことを記す。
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貞治6年6月27日 / 冊子 335~336頁/原整理番号 130-17
貞治六年六月二十七日、基久と島津氏久が河上次郎左衛門尉へ連署して出した安堵状。申談の事情を踏まえて市来院内河上村地頭職を計らい定め、今後その領掌に相違がないことを保証する。付随系譜は河上氏六代の家富が次郎左衛門尉・山城守を称し、法名を道周としたことを記す。
寛正2年11月24日 / 冊子 336頁/原整理番号 130-19
寛正二年十一月二十四日、島津立久が河上山城守へ出した安堵状。河上又八郎忠塞方の大寺彦左衛門幸朝を通じて河上側の意向を詳しく承知したと述べ、所領等について今後相違の扱いをしないことを保証する。立久には島津氏十代当主との傍注がある。
現行年紀:應永四年六月十五日 / 冊子 120~121頁/原整理番号 204/整理ID KW1-P01-39f4516f-D0204
大隅国本領地の知行に相違があってはならない旨を、祢寝山城守殿に示す。