SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

2 件 (全巻)/ 1–2件を表示

ページ 1 / 1

後編1-No.835文書確認度 高

島津義久書状案

島津義久が、相手方の船が前年に当地の港を出帆した際に敵に拿捕された件について、肝付氏との先例・仲介を踏まえて返還を取り計らったと通知する。今後も廻船などを通じて相互に連絡したいと述べた書状案。

登場人物
島津義久、肝付氏、景宗宮内少輔
宛先
景宗宮内少輔
キーワード
島津義久書状案、景宗宮内少輔、廻船、拿捕船返還、肝付氏、仲介、海上交通
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:22-2系図・酒匂氏左衛門尉家/軍歴・伝来什物・家例復興旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

酒匂氏左衛門尉系図

酒匂氏左衛門尉家の系譜・軍歴・伝来什物の家例を記す。新左衛門尉から治部少輔へ続き、日州目白坂で戦死した人物を置く。源左衛門尉は鎌田尾張守政年とも称し、島津義久に仕え、伊集院忠朗・島津忠将の移動に従った後、永禄四年七月十二日の竹原山合戦で忠将とともに戦死し、配下三十余人も討死した。景宗は義久から正嫡と認められ、肝属郡串良など八町を知行したが、肝属一郡が伊集院幸侃へ与えられると子らは蒲生、のち出水へ移った。景政を猶子、景明を婿養子とする家督継承、後裔の婚姻・早世・地頭職も載せる。酒匂家伝来の観音像と『天之御母衣』は、家督者が千日潔斎・七か月別火を行って一度拝し、太刀・樽肴を献じて藩主へ披露する家例であった。景明・景義の代に中断したが、景安が旧例復興を訴え、宝永元年三月三日に儀礼を再興し、宝永五年閏正月十六日には忠久伝来什物を収めた筥蔵の小番を代々務めるよう命じられた。

登場人物
新左衛門尉、治部少輔、源左衛門尉、鎌田尾張守政年、島津義久、島津忠久、伊集院大和守忠朗(孤舟)、島津右馬頭忠将、新次郎、景国、景政(志摩之助)、景近(彦兵衛)、彦左衛門、景宗(次郎・新左衛門尉)、町田出羽守久倍、本田因幡守親治、島津図書頭忠長、伊集院幸侃、景明、景義、景安、島津綱貴、酒匂景堅、景春
宛先
—
キーワード
酒匂氏左衛門尉家、日州目白坂、源左衛門尉、鎌田尾張守政年、島津義久、伊集院忠朗、島津忠将、竹原山合戦、永禄四年七月十二日、三十余人戦死、景宗、正嫡、肝属郡串良、八町知行、伊集院幸侃、蒲生、出水、猶子、婿養子、観音像、天之御母衣、千日潔斎、七か月別火、太刀・樽肴、景安、家例復興、筥蔵、小番