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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

4 件 (全巻)/ 1–4件を表示

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後編3-No.349記事確認度 高

殉国名数抄

「殉国名数抄」として、慶長の役で戦死・病死した島津家の家臣、諸士、従者らを列挙した戦没者名簿。氏名だけでなく、所属地・役職、親子・兄弟・孫などの家系関係、戦没地や年月日、蔚山・泗川・南原などでの戦死、船中・陣中での病死といった事情を小字で付記する。無姓氏の兵や朝鮮陣没者を含む、多数の犠牲者を家ごとに記録した史料である。

登場人物
島津家家臣、諸士、従者、朝鮮出兵戦没者
宛先
—
キーワード
殉国名数抄、慶長の役、戦没者名簿、島津家家臣、諸士、従者、蔚山、泗川、南原、戦死、病死、家系注記
後編3-No.333文書確認度 高

島津氏系図

「御系図」として、日本諸将が慶尚道泗川の海辺に城を築いて新塞と号し、島津義弘父子を守将としたため、慶長二年冬に新塞へ移ったことを記す。泗川新城への配置を系図中の記事として伝える短文である。

登場人物
島津義弘、島津忠恒、日本諸将
宛先
—
キーワード
島津氏系図、島津義弘、島津忠恒、泗川、新塞、築城、守将、慶長の役
後編3-No.1815文書確認度 高

朝鮮人等上書

朝鮮から連行された人々が、武力と侵略による国土荒廃、殺戮・略奪、捕虜・離散の惨状を漢文で訴えた上書。仁政と和睦を求め、捕虜を帰還させて両国の怨恨を解き、将来の平和を実現するよう請願する。

登場人物
朝鮮被虜人、朝鮮国王、日本軍、豊臣秀吉
宛先
(閣下)
キーワード
朝鮮人等上書、慶長八年五月吉日、朝鮮被虜人、朝鮮国王、日本軍、豊臣秀吉、文禄慶長の役、国土荒廃、殺戮、略奪、捕虜、離散、帰還請願、和睦、仁政、漢文
後編2-No.1460記事確認度 高

島津義弘譜

明の神宗が豊臣秀吉を日本国王に封じるため、国王印・冠服・冊封詔書を用意し、李宗城を正使、楊方亨を副使として日本へ派遣した経緯を記す。沈惟敬も同行した。 使節は日本軍が釜山浦など朝鮮諸城から撤兵するのを待って進む計画だった。文禄・慶長の役における講和交渉と冊封使節の構想を伝える重要記事。

登場人物
島津義弘、豊臣秀吉、明使李宗城、楊方亨、沈惟敬、明神宗
宛先
宛先なし(島津義弘譜の記事)
キーワード
島津義弘譜、豊臣秀吉、明神宗、李宗城、楊方亨、沈惟敬、冊封使節、日本国王、釜山浦、日明講和