喜入氏系図抄(二)
年月日未詳 / 冊子 757~759頁
喜入季久の後裔系図。忠道・久績兄弟の根占戦死、久道の長患い、島津義弘四男の養子早世、岩屋城で戦死した久延、細川幽斎の進言で還俗し家を継いだ忠政、関ヶ原で戦死した島津豊久家を継いだ忠栄、島津光久庶子忠長の養子相続を記す。
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年月日未詳 / 冊子 757~759頁
喜入季久の後裔系図。忠道・久績兄弟の根占戦死、久道の長患い、島津義弘四男の養子早世、岩屋城で戦死した久延、細川幽斎の進言で還俗し家を継いだ忠政、関ヶ原で戦死した島津豊久家を継いだ忠栄、島津光久庶子忠長の養子相続を記す。
年月日未詳 / 冊子 760~761頁
喜入忠道の後嗣久正を祖とする支流系図。川上久光の長男久正が忠道家を継ぎ、島津義久隠居時に家老となり財部・国府地頭を務めたこと、久洪・久憲・久信以下の御使役・用人・地頭職と養子関係を記す。
承久二年八月日 / 冊子 119頁
平忠道が薩摩国薩摩郡串木野村内の私領を冠嶽の霊山寺へ寄進した文書。四至を示し、寺領として長く維持して仏事を勤め、後世に妨げないことを定める。
年月日未詳 / 冊子 417~419頁
露、池水、月、雁、田面、雪、雲、春野、山寺、旅、恋、花などを題材として、多数の連衆が句を連ねた『賦朝何連歌』。
年月日未詳 / 冊子 419~421頁
秋近い池、風、夕日、鳥、旅衣、月、野分、志賀の花、舟、恋、萩、蹴鞠の場など四季と旅恋を広く詠み継いだ別本の『賦朝何連歌』。
年月日未詳 / 冊子 421頁
修行、恨み、待恋、竹垣、梅、谷水、鴫、秋風、月、庵、蚊遣火、別れなどを題材に連衆が詠み継いだ『賦初何連歌』。
年月日未詳 / 冊子 421~422頁
松と梅、注連、春の野、川水、田面、山月、露、秋の葉、竹林、渡し舟など山野と農村の景を中心に詠み継いだ『賦山何連歌』。
年月日未詳 / 冊子 422~425頁
仁義、月、五月雨、滝、雲、旅、花、柳、茶、修学、師、梅、別れなどを素材に、漢句と和句を交互に付けて構成した大規模な漢倭連句。
年月日未詳 / 冊子 427頁
菊、千年の松、秋月、雁、田面、海路、浦風、鐘、旅宿、山路、猪、露、浮れ妻、柴戸、花、胡蝶などを詠み継いだ『賦何道連歌』。
年月日未詳 / 冊子 497~498頁/原整理番号 22-1
桓武天皇―葛原親王―高見王―高望王から良望・良将・良孫・良文へ分かれ、村岡忠道、三浦為道、鎌倉景名、梶原権大夫景道・鎌倉権守景時を経て、梶原太郎景久・刑部丞朝景へつなぐ系図。朝景を酒匂形部丞、子景貞を左衛門尉・酒匂とし、資長・忠影・盛景・資房・宗景・資泰・貞資・資盛・資行・資景・景秀・氏景らの諸流と通称・官途・入道名を図示する。坊津一乗院所蔵本で、同院先住の頼政法印を酒匂家の庶子と伝えるため旧記に基づくとする一方、符号の多さや、年数の隔たりが大きい親子・兄弟関係、仮名と実名の配列に疑問があると批判し、新左衛門尉が旧記を考証して補系した旨を注記する。