肝付喜右衛門覚書
年月日未詳 / 冊子 581頁/原整理番号 612
元禄十七年の肝付喜右衛門覚書。寛永十五年正月八日、島津豊州が軍大将として島原へ出陣した際、十八歳で供として従軍した由緒を記す。
SEARCH THE ARCHIVE
『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
6 件 (全巻)/ 1–6件を表示
ページ 1 / 1
年月日未詳 / 冊子 581頁/原整理番号 612
元禄十七年の肝付喜右衛門覚書。寛永十五年正月八日、島津豊州が軍大将として島原へ出陣した際、十八歳で供として従軍した由緒を記す。
年月日未詳 / 冊子 584頁/原整理番号 621
有馬左近将監純実の系伝。寛永十五年の肥前島原一揆で島津豊州久賀が多数の兵を率いて出陣した際、純実が使節として従軍したことを記す。
(寛永15年)正月9日 / 冊子 585頁/原整理番号 624
財部地頭仮屋伝来の『島原立ニ付軍衆賦帳』の表題と異本注記。前巻所載の島津豊州・下野守一組の賦帳と大同小異で、差異を傍注したと説明する。
大永六年十月廿八日 / 冊子 664~665頁
臼杵長景が島津忠朝方に、伊東方への使節と返書、鹿児島への披露、北原伊与守が大内方の援軍として芸州へ出張したことなどを報じた書状。
慶長十四年七月十五日 / 冊子 231頁
慶長十四年七月十五日、善集院栄旻が、谷上蓮金院は島津義弘・家久両殿の建立による永代不朽の法席で、島津豊州朝久の宿坊・祈願所でもあるため、後代の住持は蓮金院を内外とも別心なく保護するよう命じた書下。
年月日未詳 / 冊子 728~729頁
北郷忠相の子忠親と孫時久を中心とする北郷氏系図。忠親が都城の家督を継ぎ、父忠相が高城へ移ったこと、忠親が島津豊州家忠康の養子として飫肥へ移る際に時久が北郷家督となったことを記す。