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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:17-7系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛永九年高帳抄

寛永九年高帳から松崎喜右衛門の百石を掲げ、松崎貞盛と貞悦の家歴を続記する。貞盛は文禄四年四月朔日生まれで、寛永九年に島津家久の上洛へ供奉し、同十二年七月二十六日に四十一歳で没して法名を風山秋月とした。貞悦は慶長十七年六月二日生まれで、十三歳で家久に御目見し采女に任じられ、寛永九年から同十一年まで上洛した。帰国直後には、刀を抜いて屋内へ籠った隣人相良善右衛門を傷つけず捕らえようとして取り押さえた。寛永十五年の島原蜂起時には、島津光久の下向に際して黒葛原治部右衛門とともに鎌田出雲から任務を命じられた。正保四年には大島取納の宿割を担当し、名瀬へ渡って取納を行った。慶安四年には島津綱久の前髪取祝儀と琉球への震旦使者来着に関する使者として江戸へ向かい、大坂で油井正雪・丸橋忠弥・川原十郎兵衛らの謀叛情報による騒動に遭遇したため、五日間眠らず江戸へ急行した。芝屋敷で祝物を差し上げ、御目見を遂げて帰国した。

登場人物
松崎喜右衛門、松崎貞盛(亀次郎・小七)、島津家久、坂元隠岐女、松崎貞悦(熊徳・采女)、吉田新左衛門清房、清房女、相良善右衛門、島津光久、鎌田出雲、黒葛原治部右衛門、伊勢鶴殿、松平越中、島津綱久、油井正雪(本文表記)、丸橋忠弥、川原十郎兵衛
宛先
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キーワード
寛永九年高帳、松崎喜右衛門、百石、松崎貞盛、風山秋月、松崎貞悦、任采女、上洛、相良善右衛門、島原蜂起、黒葛原治部右衛門、大島取納、名瀬、島津綱久前髪取、琉球、震旦使者、油井正雪、丸橋忠弥、江戸急行、芝屋敷
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w2:17-8系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛永十三年九月鹿児島衆中屋敷検地帳抄

寛永十三年九月の鹿児島衆中屋敷帳から、松崎采女正について『下屋鋪四せ』『下々屋敷四せ廿三分』と記す抄録。続いて松崎貞悦の慶安五年以降の奉公歴を掲げる。慶安五年に上洛を命じられて三月六日に鹿児島を立ち、四月二十五日に江戸へ着いた。承応二年には琉球からの将軍継目祝使である国頭王子に関わり、島津光久に召し連れられて日光参詣へ供奉した。万治二年には進上用の腰物を選ぶため、堀尾正宗・貞宗・左文字・兼光・則光などを江戸へ持参した。寛文三年とみられる光久の上洛には道中跡払いとして供奉し、大坂・江戸の御番割に入った。六月には国許への急用使として江戸から鹿児島へ往復し、九月に再び江戸へ参着した。同年十二月には島津綱久から将軍への寒中伺候使者となり、酒井雅楽頭や老中阿部豊後守・稲葉美濃守・久世大和守を訪ね、江戸城で七島鰹節を進上した。その後も寛文四年の下向供奉、同五年の秋月佐渡家来欠落事件に関する使者、延宝二年の大坂町奉行石丸石見守への使者を務めた。

登場人物
松崎貞悦(小七郎・采女正)、満坂里介、国頭王子、島津光久、島津綱久、島津清太夫、樺山長門、平山次郎右衛門、大山六右衛門、是枝喜右衛門、北条次郎右衛門、上村茂兵衛、奈須五左衛門、平山久馬郎右衛門、本田与兵衛、名越清右衛門、沢崎主水、税所弥□武兵衛、市来次郎左衛門、肥後茂左衛門、相良善左衛門、猿渡□六郎右衛門、宇都八弥左衛門、三雲弥太夫、館小左衛門、白尾金左□采女、伊勢弥五兵衛、森喜兵衛、長尾権兵衛、内藤繁右衛門、岩元清右衛門、黒田加兵衛、左近允四郎左衛門、山崎喜右衛門、税所弥五右衛門、伊勢弥兵衛、酒井雅楽頭、阿部豊後守、稲葉美濃守、久世大和守、松平備前守、北条安房、伊沢隼人、秋月佐渡、川野長兵衛、白井久馬、播磨屋七右衛門、五兵衛、石丸石見守、新納喜右衛門
宛先
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キーワード
寛永十三年鹿児島衆中屋敷帳、松崎采女正、下屋鋪、屋敷検地、慶安五年上洛、承応二年、国頭王子、琉球継目祝使、日光参詣、進上腰物、名刀、寛文三年上洛、道中跡払い、大坂御番、江戸御番、国許急用使、寒中伺候、七島鰹節、寛文四年下向、欠落人、延宝二年、大坂町奉行