旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:61系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
浄楽院系図
年月日未詳 / 冊子 179~180頁/原整理番号 61
浄楽院に関わる諸系統の系図。満市は満諸院を号し、その十八世に当たる系統は島津忠久に従って薩州へ下り、宝山検校は伊作に住したと記す。十一代常慶院から寿長院へ続き、寿長院は俗姓渕脇氏で日新公に功があった。家村氏の大光院は島津貴久に仕えて功があり、『三ケ国家督』を給わったとする。長倉氏の常徳院は島津家久に仕え、中興開山・三州検校職と記される。幼名仙千代丸、祐次といい、父は伊東家臣で日州穂北城主・長倉大和守祐時の弟、伊賀守祐住。薩州との合戦時に仙千代丸は中務殿の命で助けられ、盲人として家久に仕えた。末尾に長友氏の常楽院―案原氏の大光院、長友氏の明秀院―常楽院の系線を掲げる。