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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

13 件 (全巻)/ 1–13件を表示

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前編2-No.2055記事確認度 高

殉国名藪

大永六年十一月七日前後の帖佐方面の戦いで、鎌田政辰や島津安久・又七郎らが戦死した経緯と、邊川方への援軍・戦闘を記す記事。

登場人物
鎌田刑部左衛門尉政辰、島津実久、島津善左衛門尉安久、島津又七郎、邊川氏、岩本某
宛先
—
キーワード
殉国名藪、鎌田政辰、島津実久、島津安久、帖佐、邊川氏、戦死、大永六年
附録2-No.1426記事確認度 高

迫水氏・吉満氏系図

島津忠国の五男忠経を祖とする迫水氏・吉満氏系図。忠経が伊作守を称し、安久が帖佐高尾で戦死したこと、忠友流から吉満を称した久張・久重以下へ分かれ、朝鮮出兵・同地戦死者を含む後裔を記す。

登場人物
迫水忠経、島津忠国、迫水忠光、迫水安久、吉満忠友、吉満久張、吉満久重
宛先
—
キーワード
迫水氏、吉満氏、迫水忠経、島津忠国、迫水安久、帖佐高尾、吉満忠友、吉満久張、吉満久重、朝鮮出兵、戦死、系図
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::35文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

都城名勝志差出

都城名勝志に差し出された安久の富山家に関する記述。旧守護の名代を務めた由緒、所領や社役の伝承を述べ、地域の家筋と神社との関係を伝える。

登場人物
富山家・都城安久の関係者
宛先
宛先の明示なし(名勝志差出)
キーワード
都城名勝志差出、安久、富山家、守護名代、由緒、社役
前編2-No.1447文書確認度 高

都城安久村正応寺棟札

都城安久村正応寺の日吉山王宮一宇を造立したことを記し、当郷守護島津氏や棟梁・大願主らを列挙する棟札。

登場人物
天長地久御口、藤原朝臣島津守遠江殿勝久
宛先
日吉山王宮
キーワード
都城、安久村、正応寺、棟札、日吉山王宮、島津氏、造立、応仁二年
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::38記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安考

季安が都城安久の富山氏文書と前掲の荘政所下文を見比べる。安兼の姓名や伝来文書の写しの不足を指摘し、百引村弁済使職の由緒を検討する。

登場人物
伊地知季安、富山氏・安久の関係者
宛先
宛先なし(考証)
キーワード
伊地知季安考、富山氏文書、百引村、弁済使、安兼
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0131記録抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

応永記

『応永記』が、久世と頼久の協議、高城の大勢による攻撃と物取りへの批判、久世が領状を与えて伊集院側の意向を容れたことを記す。匠作は伊地知氏を使者として碇山へ送り、久世は匠作に市来方を攻めてもらう考えを伝えた。申木野や天辰子監寺で本田安久らを交えた相談があり、匠作は市来の宮園に陣し、平等寺への移動を求めたが久世は応じなかった。計略に気付いた匠作は鹿児島へ使者を送り自領内の備えを固め、山北との相談を経て久世が河辺を受け取り、忠朝は隈城へ帰ったという。

登場人物
島津久世、伊集院頼久、匠作(鹿児島方)、本田安久、伊地知久在、宗親、市来氏、島津忠朝
宛先
—
キーワード
応永記、久世頼久の協議、高城大勢、掠奪への批判、匠作の使者、陣替え、共同の計略、鹿児島との連絡、領内防備、河辺の受取りと忠朝帰城
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0138家譜旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津久豊譜

久豊譜が、久豊は伊地知縫殿助と市来家親、本田安久を碇山へ送り、久世と和睦し頼久を討つ協議をしたと記す。久豊は満家・川田から平等寺へ進んだが、久世・忠朝は市来宮園にとどまり、久世は約束を変えて兵を出さなかった。頼久は千騎ほどで平等寺へ攻め寄せ、数日間の戦闘で久豊方は吉田・肝付と退陣を相談し、双方が退いた。夜の帰路、郡山の庶卒らが諸物・兵具・馬を奪って逃げたため、川田・比志島などに兵を置いた。久世は川辺を受け取り忠朝は隈城へ帰り、市来家親は久世らの不参を非難したという。

登場人物
島津久豊、島津久世、伊地知縫殿助、市来家親、本田安久、伊集院頼久、島津忠朝、吉田氏、肝付氏
宛先
—
キーワード
島津久豊譜、久豊の使者、久世の和睦約束、頼久討治、久世の違約、頼久千騎、数日の戦闘、吉田肝付退陣、諸物兵具奪取、川田比志島の防備
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W05_文書0121記録抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

山田聖栄自記

山田聖栄自記が、田布施の二階堂方と伊作・別府との争い、合力を得られなかった久義の遺恨を記す。総州方は市来へ進み、二男忠朝らを召して田布施へ陣し、元久も志布志から帰って、久義の子を取る交渉と御台の立場を背景に伊作側と田布施を調整した。久義の新しい腹の子である太郎についても述べる。元久譜の割注は、伊久方の衰え、川野辺城の維持、坊津・泊津・川野辺への伊集院の圧力、留守の元久と在郡者への討伐を説明する。末尾は総州から河野辺城を渡し、薩広郡や山門への移動、久哲死後に別府・甑島の勢が元久へ降ったことを記す。

登場人物
山田聖栄、島津伊久(総州久哲)、島津元久、島津忠朝、伊作久義、伊作勝久(安久注)、伊作太郎、伊集院氏、元久の母
宛先
—
キーワード
山田聖栄自記、田布施二階堂争い、久義の遺恨、忠朝の召集、元久帰陣、太郎を取る交渉、御台、川野辺城、伊集院の圧力、久哲死去と従属
前編2-No.286文書確認度 高

島津氏久書状

島津氏久が斎藤六郎左衛門入道に、富山彦五郎義弘が相伝する島津庄日向方中郷の富山・安久名・和里木名・秋永などについて、京都への吹挙と沙汰を求めた書状。

登場人物
島津氏久、富山彦五郎義弘、斎藤六郎左衛門入道
宛先
斎藤六郎左衛門入道殿
キーワード
島津氏久、富山彦五郎義弘、斎藤六郎左衛門入道、島津庄、日向方、中郷、富山、安久名、和里木名、秋永、吹挙、書状
追録8-No.966-2下庄内五ヶ村士族の所属を定める達旧記雑録暫定版確認度 中

知政所達書

下庄内の安久村・後久村・小田部村・鷺巣村・寺柱村の五ヶ村を掲げ、その士族を梶山士族に兼ねる旨を伝える。民事総裁と地頭へ申し渡し、関係向々にも周知するよう命じる。三月七日知政所、年は目録の明治三年による。

登場人物
知政所、民事総裁、地頭、下庄内五ヶ村の士族、梶山士族
宛先
民事総裁、地頭および承知すべき関係向々
キーワード
下庄内、安久村、後久村、小田部村、鷺巣村、寺柱村、五ヶ村、梶山士族、士族所属、民事総裁、地頭
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::41系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

富山氏系図抄

富山氏系図の抄録。貞夏・頼宗らから義弘・義時ほかの分流に至る親子関係、法名、官途、没年や婚姻を枝分かれ図で示す。都城安久・百引村関係の富山家文書と併せて読む系譜資料。

登場人物
富山氏の系譜関係者、貞夏・頼宗・義弘ら
宛先
宛先なし(系図)
キーワード
富山氏系図抄、富山氏、貞夏、頼宗、義弘、系譜、都城安久
旧記雑録拾遺 著作史料集6-文書ID E::111文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

正応寺棟札

安久村正応寺の棟札を採録する。長久の祈願と寺院・荘内の安泰を述べ、応仁二年戊子二月二十九日の年月日、代官や関係者の名を記す。

登場人物
正応寺の建立・修造関係者
宛先
宛先なし(棟札)
キーワード
正応寺棟札、応仁二年、安久村、寺院、造立、代官
追録8-No.930-3都城を上荘内下荘内梶山の三郷に分け地頭を従来通りとする達旧記雑録暫定版確認度 中

都城の十村を上荘内郷、十五村を下荘内郷、大寺村の処を梶山郷とし、地頭は従来通りで下荘内に置く

都城を吟味したとして、山田村等十ヶ村を上荘内郷、郡元村等十五村を下荘内郷と称するよう定め、都城内大寺村の処は梶山郷とする。分割した各郷を設けるが、地頭は従来通り任じ置き、下荘内に罷在するよう命じる。地頭・民事総裁と関係先へ知らせる。朱明治二巳十一月十五日、知政所。各村名は専用台帳へ転記し、原野々三谷村の美注を保持する。十村・十五村と三郷の区分、地頭の継続と勤務場所を分け、新地頭三人の任命、人口・面積・現代行政界、実分割完了は補わない。

登場人物
知政所、地頭、民事総裁、関係向々、都城各村(台帳記載)
宛先
地頭、民事総裁、承知すべき関係向々
キーワード
原930の3上荘内郷都城十ヶ村山田前川内横市西嶽中霧嶋野々三谷美注丸谷水流岩満五拾町下荘内郷十五村郡元金田高木川東早水宮丸鷺巣上長飯下長飯寺柱田部後久安久梅北木之前梶山郷大寺村分割地頭従来下荘内罷在朱十一月十五