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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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3 件 (全巻)/ 1–3件を表示

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後編2-No.106記事確認度 高

島津義久譜

高知尾へ派遣された宮崎衆の田中筑前が帰還し、入田氏の薩摩方帰属は確実だと報告した島津義久譜の記事。これを受け、十一月二十四日に豊後方と対峙し、梅口・佐伯口から同時に薩摩軍を進発させる計画を記す。入田氏の帰属判断が豊後方面への二正面作戦へ直結したことが分かる。

登場人物
島津義久、田中筑前、入田氏、佐土原衆、三城衆、塩見衆、印川衆、宮崎衆
宛先
記事
キーワード
島津義久譜、島津義久、田中筑前、入田氏、高知尾、佐土原、宮崎、豊後、梅口、佐伯口
追録6-No.181-81達書旧記雑録暫定版確認度 高

毛利重就・池田重寛留守居連署廻状

曲淵勝次郎・松平庄九郎・松平縫殿頭・夏目藤四郎・新庄織部から別紙一通を受けたため、大膳大夫・相模守へ申し聞かせたところ、同席の各家から通達するよう命じられたとして、写しを順に廻す。各家からの返答は不要ではないかと思うと述べ、通達が済んだ後は差出側から届ける予定とし、廻状を確認したうえで返すよう求める。嫡子がいる家には御付の家衆へも知らせるよう追記する。四月二十七日、池田家の塩見幸左衛門と、毛利家側の嶋田市三郎・吉田半兵衛・都野彌右衛門・有福庄右衛門の記載に続き、順不同の宛名を載せる。朱書には、昨夜中に大膳大夫の家から届いたものを書写して差し上げた旨を、翌二十八日に有川勇馬が左中様へ報告したとある。本文の順達と朱書の到来・書写報告を区別する。

登場人物
池田重寛(松平相模守)、毛利重就(松平大膳大夫)、塩見幸左衛門、嶋田市三郎、吉田半兵衛、都野彌右衛門、有福庄右衛門、曲淵勝次郎、松平庄九郎、松平縫殿頭、夏目藤四郎、新庄織部、有川勇馬、左中
宛先
御名・有馬中務大輔・上杉大炊頭・松平信濃守の各家留守居
キーワード
池田重寛(松平相模守)、毛利重就(松平大膳大夫)、塩見幸左衛門、嶋田市三郎、吉田半兵衛、都野彌右衛門、有福庄右衛門、曲淵勝次郎、松平庄九郎、松平縫殿頭、夏目藤四郎、新庄織部、有川勇馬、左中、御目付からの別紙の留守居間順達と通達後の届出
後編1-No.1043記事確認度 高

日向記

日向が島津領となると、伊東方の残党が縁故に従って帰属し、従わない者は誅伐された。義久は正月十六日に都於郡へ入り仕置を進めるが、伊東旧臣らは豊後の義祐・大友父子に再興を訴えた。門川・塩見・山陰・三城の城主らが人質を出しながら豊後方へ内応し、大友軍を迎え入れる一方、人質の米良弥八郎らは警固を破って脱出し父のもとへ向かった。

登場人物
島津義久、伊東祐兵、木脇越前守、飯田肥前守、伊東義祐、大友宗麟、大友義統、米良四郎右衛門、右松四郎左衛門、米良喜内
宛先
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キーワード
日向記、島津義久、伊東残党、誅伐、都於郡、伊東義祐、大友宗麟、大友義統、門川、塩見、山陰、三城、内応、人質脱出