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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

4 件 (全巻)/ 1–4件を表示

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後編4-No.589文書確認度 高

本田親存・比志島国詮連署覚

慶長十四年七月一日、本田親存・比志島国詮が、大田吉兵衛忠綱の養子となった大田忠角に対し、奉公を疎略にせず父母に背かないこと、悪友を避け学問に励むこと、夫婦和合を守ることなど、日常の心得を列挙して遵守を命じた連署覚書。

登場人物
本田親存、比志島国詮、大田忠角、大田忠綱
宛先
大田忠角
キーワード
連署覚書、本田親存、比志島国詮、大田忠角、養子、奉公、孝行、交友、学問、夫婦和合、家訓
後編4-No.1504文書確認度 高

本田親存・比志島国詮連署状

本田親存・比志島国詮が、島津義弘が急に中風を患って手足が不自由となり押判を用いていること、越州から見舞いの使者が派遣されたことなどを報じた連署状。

登場人物
本田親存、比志島国詮、島津義弘
宛先
相良左兵衛佐
キーワード
本田親存・比志島国詮連署状、島津義弘、中風、手足不自由、押判、見舞使者、元和四年閏三月三日
後編4-No.1505文書確認度 高

島津家久書状

島津家久が、琉球からの年頭祝詞、宰相任官への使者による祝賀、遠路の方物を受け取り、その厚意に謝した書状。

登場人物
島津家久、琉球国王、長岡式部少輔、比志島国詮、本田親存
宛先
琉球国王
キーワード
島津家久書状、琉球国王、年頭祝詞、宰相任官、使者、方物、長岡式部少輔、元和四年閏三月二十二日
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:108系図・比志島源左衛門家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

比志島源左衛門家略系図

比志島源左衛門家の略系図で、冒頭に比志島氏九代の河内守義重の二男とし、義信が父義重から満家院郡山内の横瀬・宇都・坂口・満枝など二十町を譲り受け、明応四年九月の譲状があると記す。義住の郡山城での死や、蒲生・菱刈方面の戦功による大村地頭職、蒲生落城後の蒲生地頭職、島津義弘の朝鮮出兵に供奉した国政、関ヶ原の戦い後に泉州平野から大坂へ遣わされ、黒田氏の船と交戦して戦死した国家など、各代の軍歴・地頭職を載せる。国隆については家老職・高岡地頭を記す一方、罪により処刑され跡が断絶したとし、子の国安は赦免され国治の弟家を立てたと記す。国治の代には島津光久・綱久への奉公、参勤時の海路供奉や江戸城での御用、銀山・物産関係の役を挙げ、ほかに婚姻・養子、国廣の島津義弘元服時の脇指拝領と証状の存在も記す。所領譲状から戦功・家の断絶と再興、近世の奉公・職務へ続く点が、この略系図の特徴である。

登場人物
比志島義信、河内守義重、義住、国守、国貞、国隆、国治、国安、国英、国家、国政、国詮、国廣、島津義弘、島津光久、島津綱久
宛先
なし(系図)
キーワード
比志島源左衛門家略系図、比志島義信、河内守義重、明応四年譲状、満家院郡山、横瀬、宇都、坂口、満枝、二十町、郡山城、大村地頭、蒲生地頭、蒲生・菱刈、国隆処刑、国安赦免、国治、光久、綱久、参勤、国政朝鮮出兵、国家関ヶ原後戦死、国廣、島津義弘、脇指拝領