附録2-No.1283文書確認度 高
伊集院忠倉書状
八月十一日 / 冊子 587頁
先日新三郎が礼のため参上したので取り次いだことを伝え、岩川の領地について満足できるよう尽力すると約し、境目での苦労を察した伊集院忠倉書状。
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八月十一日 / 冊子 587頁
先日新三郎が礼のため参上したので取り次いだことを伝え、岩川の領地について満足できるよう尽力すると約し、境目での苦労を察した伊集院忠倉書状。
弘治四年正月廿日 / 冊子 56頁
興国寺領として、大隅国帖佐郷山田村寺師名の田地一町二十歩を、土堂廻之門、こくてん、地敷、堀町、横枕、百田開など所在地・段別に列記し、川上忠克・伊集院忠倉・三原重秋が連署した坪付。
弘治四年二月吉日 / 冊子 56~57頁
大隅国帖佐郷益田門内、市ノ坪一段を小城権現領として新たに寄進した坪付。料所内の土地であるが当面ほかに閑所がないため先に寄進し、適地が得られ次第、別所へ繰り替える旨を川上忠克・伊集院忠倉・三原重秋が記す。
天文十九年八月十六日 / 冊子 888頁
伊集院忠朗らが、相互の案件を協議して同心し、合意内容を守ることを連署して約した契状。
永禄五年三月吉日 / 冊子 105頁
薩摩国伊集院のうち、修理田・野田名・上原・加藤先・大谷などの田地を寄進するため、坪付を示した島津氏老臣四名の連署文書。
永禄五年三月十六日 / 冊子 105~106頁
郡の金鐘寺を新地に建立して当年秋中に移し、寺職を改めて旧門派へ帰付することを認めた島津氏老臣四名の連署状。