HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
木上惟高
異名・検索語:木上和泉守/木上掃部介/和泉守/掃部介/又泉/浄菴涼円居士
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
未確定事項:台帳名は木上惟高を維持するが、本文中と和歌署名は惟商にも見え、諱の字形・異表記かは未確定。統一諱や別人物との同定は保留。歌題の東郷氏の諱も追加判読を要する。没年の年号は本文にも不詳とある。
DESCRIPTION
本文内容説明
木上和泉守は初め掃部介を称し、老年に家久から又泉の名を与えられた。大友義鑑の一族で、父新五郎から小笠原流の礼法・射礼・犬追物・笠懸・流鏑馬を相伝。大友氏没落後、大口へ移り新納忠元を頼って住んだ。家久が小笠原氏に有職故実の稽古を求めたところ、領内の伝承者として推薦され、蒲生へ召し移された。その後は加治木でも家久に教え、慶長年間に鹿児島へ召され、知行を受けて弓のことを任された。老年には剃髪を命じられ御衣などを拝領。年号不詳の十月二十四日に九十三歳で没し、法名浄菴涼円居士、墓は蒲生永興寺と記す。末尾に谷山で東郷氏が射た際の和歌を載せる。諱は惟高・惟商の判読を保留する。
系譜・人物関係
大友義鑑の一族。父新五郎から相伝。祖父筑前守長秀の伝授由緒も載る。新納忠元を頼り、小笠原氏の推薦を受けて家久に召された。子孫欄は木上清左衛門。
奉公・役職
小笠原氏の推薦で大口から蒲生へ召し移され、加治木でも家久に有職故実を教授。慶長年間に鹿児島へ召され知行を受け、弓之事を担当。老年に又泉と命名され、剃髪・御衣等拝領。
軍役・事績
小笠原流の礼法・射礼・犬追物・笠懸・流鏑馬を伝える。谷山で東郷氏が射た際の和歌を収録。本人の合戦・戦功記事はない。
生没・法名等
年号不詳十月二十四日没、九十三歳。法名浄菴涼円居士、墓は蒲生永興寺。没地は明記されず、墓所と区別。
- 統合人物ID
- HP-2081
- 原人物ID群
- 09-173-10
- 氏・分類
- 木上
- 掲載巻頁
- 巻9:173~174
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 大友義鑑の一族。父新五郎から相伝。祖父筑前守長秀の伝授由緒も載る。新納忠元を頼り、小笠原氏の推薦を受けて家久に召された。子孫欄は木上清左衛門。
- 検索キーワード
- 木上惟高/木上和泉守/木上掃部介/和泉守/掃部介/又泉/浄菴涼円居士/大友義鑑/小笠原流/礼法/射礼/犬追物/笠懸/流鏑馬/新五郎/筑前守長秀/新納忠元/家久/大口/蒲生/加治木/鹿児島/有職故実/剃髪/十月二十四日/九十三歳/蒲生永興寺/谷山/東郷氏/和歌
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 旧通常版1頁は木脇祐貞の戦死記事で別人物。旧AI全2頁には前後人物の文字片が残る。原冊子173下段・174上段/PDF108~109頁から通常・AI各2頁へ再裁断し最終AI全頁確認。末尾の谷山での射術に関する和歌・署名は本人の続文。後続の北原又五郎は含めない。番号は維持。
- 判読保留
- 台帳名は木上惟高を維持するが、本文中と和歌署名は惟商にも見え、諱の字形・異表記かは未確定。統一諱や別人物との同定は保留。歌題の東郷氏の諱も追加判読を要する。没年の年号は本文にも不詳とある。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』