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HP-2081巻9:173~174注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

木上惟高

異名・検索語:木上和泉守/木上掃部介/和泉守/掃部介/又泉/浄菴涼円居士

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:台帳名は木上惟高を維持するが、本文中と和歌署名は惟商にも見え、諱の字形・異表記かは未確定。統一諱や別人物との同定は保留。歌題の東郷氏の諱も追加判読を要する。没年の年号は本文にも不詳とある。

DESCRIPTION

本文内容説明

木上和泉守は初め掃部介を称し、老年に家久から又泉の名を与えられた。大友義鑑の一族で、父新五郎から小笠原流の礼法・射礼・犬追物・笠懸・流鏑馬を相伝。大友氏没落後、大口へ移り新納忠元を頼って住んだ。家久が小笠原氏に有職故実の稽古を求めたところ、領内の伝承者として推薦され、蒲生へ召し移された。その後は加治木でも家久に教え、慶長年間に鹿児島へ召され、知行を受けて弓のことを任された。老年には剃髪を命じられ御衣などを拝領。年号不詳の十月二十四日に九十三歳で没し、法名浄菴涼円居士、墓は蒲生永興寺と記す。末尾に谷山で東郷氏が射た際の和歌を載せる。諱は惟高・惟商の判読を保留する。

系譜・人物関係

大友義鑑の一族。父新五郎から相伝。祖父筑前守長秀の伝授由緒も載る。新納忠元を頼り、小笠原氏の推薦を受けて家久に召された。子孫欄は木上清左衛門。

奉公・役職

小笠原氏の推薦で大口から蒲生へ召し移され、加治木でも家久に有職故実を教授。慶長年間に鹿児島へ召され知行を受け、弓之事を担当。老年に又泉と命名され、剃髪・御衣等拝領。

軍役・事績

小笠原流の礼法・射礼・犬追物・笠懸・流鏑馬を伝える。谷山で東郷氏が射た際の和歌を収録。本人の合戦・戦功記事はない。

生没・法名等

年号不詳十月二十四日没、九十三歳。法名浄菴涼円居士、墓は蒲生永興寺。没地は明記されず、墓所と区別。

統合人物ID
HP-2081
原人物ID群
09-173-10
氏・分類
木上
掲載巻頁
巻9:173~174
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
大友義鑑の一族。父新五郎から相伝。祖父筑前守長秀の伝授由緒も載る。新納忠元を頼り、小笠原氏の推薦を受けて家久に召された。子孫欄は木上清左衛門。
検索キーワード
木上惟高/木上和泉守/木上掃部介/和泉守/掃部介/又泉/浄菴涼円居士/大友義鑑/小笠原流/礼法/射礼/犬追物/笠懸/流鏑馬/新五郎/筑前守長秀/新納忠元/家久/大口/蒲生/加治木/鹿児島/有職故実/剃髪/十月二十四日/九十三歳/蒲生永興寺/谷山/東郷氏/和歌
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
旧通常版1頁は木脇祐貞の戦死記事で別人物。旧AI全2頁には前後人物の文字片が残る。原冊子173下段・174上段/PDF108~109頁から通常・AI各2頁へ再裁断し最終AI全頁確認。末尾の谷山での射術に関する和歌・署名は本人の続文。後続の北原又五郎は含めない。番号は維持。
判読保留
台帳名は木上惟高を維持するが、本文中と和歌署名は惟商にも見え、諱の字形・異表記かは未確定。統一諱や別人物との同定は保留。歌題の東郷氏の諱も追加判読を要する。没年の年号は本文にも不詳とある。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』