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HP-1892巻1:14注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

市来家親

異名・検索語:市来家親/市来玄蕃左衛門尉家親/玄蕃左衛門尉/家親

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

法号は原冊・AI・左端拡張版を比較して蓮枝芳葉と読む案。従来の蓮枝芳楽と末字が異なるため、字形の最終確定を留保する。

DESCRIPTION

本文内容説明

市来玄蕃左衛門尉家親、小四郎。前条の備前守家朗の子として続き、松山地頭を務めた。天正九年の水俣陣では忠平公(島津義弘)の手勢に属して籠城し、十一年秋には肥後佐敷に在陣した。十二年の島原合戦では島津忠長の御前で強敵と戦い、高名を挙げ、数か所に手傷を負ったという。十八年六月十五日没。法号は「蓮枝芳葉」と読めるが、末字の確定は留保する。末尾の「其子」は次項の市来小四郎家治に続く。本人の知行高・没地・墓所は記されない。

系譜・人物関係

前の家朗条末尾其子に続く玄蕃左衛門尉家親、小四郎。本人末尾其子は次の小四郎家治へ接続。家朗HP-0652と別人として保持。

奉公・役職

松山地頭。天正九年水俣御陣、忠平公御手ニテ籠立。

軍役・事績

天正十一年秋、肥後佐敷在陣。十二年島原合戦、島津忠長御前にて強敵と相戦い高名を挙げ、数か所手負。旧主将名留保は忠長を確認して解消。

生没・法名等

天正十八年六月十五日卒。法号は蓮枝芳葉と読む案、末字留保(旧芳楽)。知行高・没地・墓所不記載。

統合人物ID
HP-1892
原人物ID群
01-014-06
氏・分類
市来
掲載巻頁
巻1:14
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
前の家朗条末尾其子に続く玄蕃左衛門尉家親、小四郎。本人末尾其子は次の小四郎家治へ接続。家朗HP-0652と別人として保持。
検索キーワード
天正/地頭/合戦/肥後/島原/子/卒/地頭・軍役
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI全1頁・原冊14頁と父子接続・修復通常AI各1頁を再照合済み。
公開判定根拠
松山地頭と軍役・忠長御前の負傷・没日を具体化。父子接続を確認し法号末字の留保を付けて本文へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
AI全1頁・原冊・修復通常AI各全1頁確認。玄蕃左衛門尉家親見出しから松山地頭、水俣・佐敷・島原、卒日・法号朱注・其子まで保持。左1.5pt拡張で法号欄の余白確保。原冊で前条家朗の其子→家親、本人末尾其子→次家治が接続する。別の独立人物見出しの混入なし、既存IDを維持し新番号不要。
判読保留
法号は原冊・AI・左端拡張版を比較して蓮枝芳葉と読む案。従来の蓮枝芳楽と末字が異なるため、字形の最終確定を留保する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』