HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
本田親紀
異名・検索語:本田親紀/本田半兵衛親紀
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
未確定事項:没月は万治二年十月三日とAI・原冊で確認し旧十一月を訂正。法名の旧大雲栄発庵主は字形が合わず確読保留、公開説明に採用しない。勝五郎・隼人・朱書親望の小注は帰属を限定保留して異名に加えない。子勝五郎の朝鮮供奉は本文記載として区別し、年代不整合を推定だけで別人物にしない。 末尾の子勝五郎の朝鮮供奉は、親紀の享年から見た世代関係と整合するか未確定。父子関係と従軍を一続きの確定年表へ転用しない。
DESCRIPTION
本文内容説明
本田親紀は半兵衛、家親の子。義久公の加冠を受け、東郷重位の門弟と記される。高麗・庄内・関ヶ原・島原の合戦で功があり、兵具奉行・普請奉行を務めた。万治二年十月三日に七十九歳で没し、墓は南林寺にあるとする。没地は記されず、法名の一部は判読を保留する。末尾には子の勝五郎が朝鮮に供奉し、兵具奉行を務めたとの付記がある。
系譜・人物関係
家親の子。義久公の加冠を受け、東郷重位の門弟と記す。末尾の勝五郎は其子として付記され、独立見出しではない。
奉公・役職
義久公御加冠。東郷重位之門第也と記され、門弟と解釈する。御兵具奉行・御普請奉行。
軍役・事績
高麗・庄内・関ヶ原・島原の合戦で功があったとする。個別の功績内容・年月・指揮官は記載なし。 子の事績:其子勝五郎朝鮮御供御兵具奉行。親紀本人と区別した子の事績として扱う。
生没・法名等
万治二年十月三日卒ス七十九歳。旧説明の十一月三日を十月三日へ訂正する。墓南林寺と記し、墓所は確認できるが没地は記さない。生年は逆算しない。 法名字形は判読保留。
- 統合人物ID
- HP-1691
- 原人物ID群
- 03-050-03
- 氏・分類
- 本田
- 掲載巻頁
- 巻3:50
- 主題・活動
- 東郷重位門弟・軍役・奉行
- 人物関係要約
- 家親の子。義久公の加冠を受け、東郷重位の門弟と記す。末尾の勝五郎は其子として付記され、独立見出しではない。
- 検索キーワード
- 本田/親紀/半兵衛/家親/義久公/加冠/東郷重位/門弟/高麗/庄内/関ヶ原/島原/兵具奉行/普請奉行/万治二年/十月三日/七十九歳/南林寺/墓/勝五郎
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読・原冊境界照合
- 本文境界判定
- 〇本田半兵衛親紀から末尾の供御兵具奉行まで同一記事。其子勝五郎は独立した一・〇の見出しではなく関連付記。前後の家親・親歳を本文に混ぜない。新規採番不要。
- 判読保留
- 没月は万治二年十月三日とAI・原冊で確認し旧十一月を訂正。法名の旧大雲栄発庵主は字形が合わず確読保留、公開説明に採用しない。勝五郎・隼人・朱書親望の小注は帰属を限定保留して異名に加えない。子勝五郎の朝鮮供奉は本文記載として区別し、年代不整合を推定だけで別人物にしない。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』