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HP-1679巻之三51~52頁公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

堀忠金

異名・検索語:堀忠金/堀新助忠金/新助

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

公開可

来国・頴娃居住・松齢公奉公・小林移住は父祖の経歴。忠金本人の事績は伏見城攻めの功と関ヶ原戦死。子孫堀源左衛門を父源左衛門忠親と同一視しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

新助と称した。伏見城攻めで功を立て、関ヶ原で戦死した。先祖の堀越前忠職入道道前は、建久年間に鎌倉から当国へ下ったと伝える。祖父の新助忠貫は頴娃に住み、朱記に後に越後と称したとある。父の伊賀忠親は源左衛門とも称し、松齢公に仕えて頴娃から小林へ移った。父祖の来国・移住・奉公は忠金本人の事績ではない。朱記は子孫として堀源左衛門を挙げるが、父の源左衛門と同一人物とは扱わない。本文に忠金の生年・享年、戦死の年月日、具体的役職・知行、法名・墓所は記されない。

系譜・人物関係

先祖堀越前忠職入道道前、祖父新助忠貫(後越後)、父伊賀忠親(源左衛門)。子孫堀源左衛門は父と区別。

奉公・役職

新助。忠金本人の主君・具体的役職・知行の明記なし。松齢公奉公と頴娃から小林移住は父忠親の記事。

軍役・事績

忠金伏見城攻有功、関ヶ原戦死。祖忠職建久年間鎌倉より来国、祖父忠貫頴娃在住、父忠親松齢公奉公と小林移住は父祖由緒として区別。

生没・法名等

関ヶ原で戦死。本文には戦死の年月日、生年・享年・法名・墓所記載なし。一般の合戦年月日を本文記載として補わない。

統合人物ID
HP-1679
原人物ID群
03-051-09
氏・分類
堀
掲載巻頁
巻之三51~52頁
主題・活動
伏見城攻め・関ヶ原戦死・父祖系譜
人物関係要約
先祖堀越前忠職入道道前、祖父新助忠貫(後越後)、父伊賀忠親(源左衛門)。子孫堀源左衛門は父と区別。
検索キーワード
堀忠金/新助/伏見城/関ヶ原/戦死/堀越前忠職/道前/建久/鎌倉/新助忠貫/越後/伊賀忠親/源左衛門/頴娃/小林/松齢公/子孫
公開区分
公開可
精読・確認状況
通常AI各全2頁・原冊照合と修復全頁確認。父祖と本人の戦功、子孫注記を区別。
公開判定根拠
本人の伏見城攻めの功と関ヶ原戦死を原冊確認。父祖の系譜奉公と子孫注記を区別して公開する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
一堀新助忠金の先祖来国記事から次頁の祖父忠貫・父忠親、本人伏見有功関ヶ原戦死、朱子孫堀源左衛門まで。次項一法元大炊左衛門を含めない。通常AI各全2頁を原冊63下・64上と照合、第2頁左端3pt拡張で続文を回復。父祖と子孫は家譜続文で新人物見出しなし。新番号不要。
判読保留
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出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』