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HP-1607巻12:227注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

平野丹後守友知

異名・検索語:平野友知/平野丹後守友知/国分氏/栖山/民部左衛門尉/六郎左衛門尉

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:子友種の天正十三年三州在陣を友知本人の事績に移さない。犬追物に関する短い傍記と家督系譜の細部は保留。

DESCRIPTION

本文内容説明

平野丹後守友知は入道栖山、民部左衛門尉・六郎左衛門尉とも記す。もとは国分氏で、家久の命によって平野氏へ改めた。日州吉田地頭と記され、役職は納殿役、異本では御使役・地頭とする。天正十五年、日向で伊集院忠棟が羽柴秀長への人質として渡された際、付添いを命じられた。同年六月、亀寿が太平寺の陣へ出向く際にも供奉したと記す。天正十六年には義久の初上洛に随行。末尾には子友種の出陣や、後裔友将・友貞・友益らの家督に関する注記があるが、友知本人の戦功や生没年は示されない。

系譜・人物関係

子友種の出陣、後裔友将・友貞・友益の家督注記を伴う。

奉公・役職

日州吉田地頭。納殿役、異本では御使役・地頭。家久の意向で国分から平野へ改姓。

軍役・事績

天正十五年、秀長への人質伊集院忠棟に付添い。同年六月亀寿の太平寺出向に供奉。十六年義久上洛供奉。

生没・法名等

入道栖山。生没年・没地なし。

統合人物ID
HP-1607
原人物ID群
12-227-03
氏・分類
平野
掲載巻頁
巻12:227
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
子友種の出陣、後裔友将・友貞・友益の家督注記を伴う。
検索キーワード
平野友知/平野丹後守友知/国分氏/栖山/民部左衛門尉/六郎左衛門尉/日州吉田地頭。納殿役、異本では御使役・地頭。家久の意向で国分から平野へ改姓。/天正十五年、秀長への人質伊集院忠棟に付添い。同年六月亀寿の太平寺出向に供奉。十六年義久上洛供奉。/入道栖山。生没年・没地なし。
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
公開判定根拠
既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
全1頁。子・後裔の家督注記は友知伝の補注で、独立人物見出しはない。人質本人は忠棟であり友知ではない。
判読保留
子友種の天正十三年三州在陣を友知本人の事績に移さない。犬追物に関する短い傍記と家督系譜の細部は保留。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』