HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
平野丹後守友知
異名・検索語:平野友知/平野丹後守友知/国分氏/栖山/民部左衛門尉/六郎左衛門尉
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
未確定事項:子友種の天正十三年三州在陣を友知本人の事績に移さない。犬追物に関する短い傍記と家督系譜の細部は保留。
DESCRIPTION
本文内容説明
平野丹後守友知は入道栖山、民部左衛門尉・六郎左衛門尉とも記す。もとは国分氏で、家久の命によって平野氏へ改めた。日州吉田地頭と記され、役職は納殿役、異本では御使役・地頭とする。天正十五年、日向で伊集院忠棟が羽柴秀長への人質として渡された際、付添いを命じられた。同年六月、亀寿が太平寺の陣へ出向く際にも供奉したと記す。天正十六年には義久の初上洛に随行。末尾には子友種の出陣や、後裔友将・友貞・友益らの家督に関する注記があるが、友知本人の戦功や生没年は示されない。
系譜・人物関係
子友種の出陣、後裔友将・友貞・友益の家督注記を伴う。
奉公・役職
日州吉田地頭。納殿役、異本では御使役・地頭。家久の意向で国分から平野へ改姓。
軍役・事績
天正十五年、秀長への人質伊集院忠棟に付添い。同年六月亀寿の太平寺出向に供奉。十六年義久上洛供奉。
生没・法名等
入道栖山。生没年・没地なし。
- 統合人物ID
- HP-1607
- 原人物ID群
- 12-227-03
- 氏・分類
- 平野
- 掲載巻頁
- 巻12:227
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 子友種の出陣、後裔友将・友貞・友益の家督注記を伴う。
- 検索キーワード
- 平野友知/平野丹後守友知/国分氏/栖山/民部左衛門尉/六郎左衛門尉/日州吉田地頭。納殿役、異本では御使役・地頭。家久の意向で国分から平野へ改姓。/天正十五年、秀長への人質伊集院忠棟に付添い。同年六月亀寿の太平寺出向に供奉。十六年義久上洛供奉。/入道栖山。生没年・没地なし。
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 既存の全頁精読・境界確認記録を確認(今回の再精読なし)
- 公開判定根拠
- 既存の全頁精読・境界確認記録と現行PDFのID対応を確認。今回のPDF再精読は行っていない。本文無記載と未確定を区別し、疑義がある場合も注記して出典へ案内する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全1頁。子・後裔の家督注記は友知伝の補注で、独立人物見出しはない。人質本人は忠棟であり友知ではない。
- 判読保留
- 子友種の天正十三年三州在陣を友知本人の事績に移さない。犬追物に関する短い傍記と家督系譜の細部は保留。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』