HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
平城一官
異名・検索語:平城一官/平城一官 明人/一官
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
平城一官は明の人で、生涯、唐人の姿で暮らしたと記される。寛永十七年、光久の供として江戸へ召し連れられた。子孫として平城右衛門の名を掲げる。来日・仕官の経緯、職務、父祖、生没年・没地は示されない。
系譜・人物関係
明人。子孫として平城右衛門を掲げる。
奉公・役職
寛永十七年、光久の江戸行きの供。
軍役・事績
軍役の記載なし。
生没・法名等
「一世唐人ノ姿ニテ罷居」と記す。生没年・没地なし。
- 統合人物ID
- HP-1564
- 原人物ID群
- 12-228-14
- 氏・分類
- 平城
- 掲載巻頁
- 巻12:228
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 明人。子孫として平城右衛門を掲げる。
- 検索キーワード
- 平城一官/寛永十七年、光久の江戸行きの供。/軍役の記載なし。/「一世唐人ノ姿ニテ罷居」と記す。生没年・没地なし。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 全1頁。左列の江戸行きと子孫注まで同条。右衛門は子孫注で独立記事ではない。
- 判読保留
- 「一世」は生涯の姿の記述として扱い、初代という系譜の断定には用いない。子孫右衛門の世代は不明。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』