HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
島津忠房
異名・検索語:島津忠房/島津筑前守忠房 或越前守/筑前守/或越前守/忠房
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
島津実久の叔父。筑前守、または越前守と記す。市来地頭の多田紀伊介が相州方へ内通するとの噂を受け、新納常陸守と市来へ出兵し、多田を殺して城を守った。天文八年閏六月十七日、貴久が平城を攻め落として本城を包囲。同二十七日に大日寺口で戦い、八月四日には貴久方七百余人の昼夜の攻撃を受けた。城兵が力尽き、八月二十九日に降伏を願い出て、九月一日、士卒百余人と船で出水へ帰った。
系譜・人物関係
実久の叔父。新納常陸守と共同で市来を守備。
奉公・役職
市来城の守備。筑前守、異説越前守。
軍役・事績
多田紀伊介殺害。天文八年の市来籠城、降伏、出水帰還。
生没・法名等
没年・没地の記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1317
- 原人物ID群
- 13-238-02
- 氏・分類
- 島津
- 掲載巻頁
- 巻13:238
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 実久の叔父。新納常陸守と共同で市来を守備。
- 検索キーワード
- 島津忠房/筑前守/或越前守/忠房/市来城の守備。筑前守、異説越前守。/多田紀伊介殺害。天文八年の市来籠城、降伏、出水帰還。/没年・没地の記載なし。
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 独立〇見出しから出水帰還まで全1頁。次の新納常陸守条とは別記事。
- 判読保留
- 多田の地頭職を忠房自身の官職としない。平城攻略・七百余人の攻撃は貴久方の行動。内通の噂は事実認定と区別する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』