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HP-1317巻13:238公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

島津忠房

異名・検索語:島津忠房/島津筑前守忠房 或越前守/筑前守/或越前守/忠房

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

DESCRIPTION

本文内容説明

島津実久の叔父。筑前守、または越前守と記す。市来地頭の多田紀伊介が相州方へ内通するとの噂を受け、新納常陸守と市来へ出兵し、多田を殺して城を守った。天文八年閏六月十七日、貴久が平城を攻め落として本城を包囲。同二十七日に大日寺口で戦い、八月四日には貴久方七百余人の昼夜の攻撃を受けた。城兵が力尽き、八月二十九日に降伏を願い出て、九月一日、士卒百余人と船で出水へ帰った。

系譜・人物関係

実久の叔父。新納常陸守と共同で市来を守備。

奉公・役職

市来城の守備。筑前守、異説越前守。

軍役・事績

多田紀伊介殺害。天文八年の市来籠城、降伏、出水帰還。

生没・法名等

没年・没地の記載なし。

統合人物ID
HP-1317
原人物ID群
13-238-02
氏・分類
島津
掲載巻頁
巻13:238
主題・活動
系譜・奉公・役職・軍役・生没
人物関係要約
実久の叔父。新納常陸守と共同で市来を守備。
検索キーワード
島津忠房/筑前守/或越前守/忠房/市来城の守備。筑前守、異説越前守。/多田紀伊介殺害。天文八年の市来籠城、降伏、出水帰還。/没年・没地の記載なし。
公開区分
公開可
精読・確認状況
従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
公開判定根拠
従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
説明作成区分
AI用PDF全頁精読
本文境界判定
独立〇見出しから出水帰還まで全1頁。次の新納常陸守条とは別記事。
判読保留
多田の地頭職を忠房自身の官職としない。平城攻略・七百余人の攻撃は貴久方の行動。内通の噂は事実認定と区別する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』