HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
島津久頼
異名・検索語:島津久頼/島津筑前守久頼
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
DESCRIPTION
本文内容説明
島津筑前守久頼は敷根立頼の二男で、元和五年七月二日生まれ。兄の早世により家督を継ぎ、寛永十六年六月二十八日に家久の娘を妻とした。同二十年、後光明天皇の即位を祝う光久の使者として上洛。この時、島津氏と「久」の字を与えられ、島津筑前守久頼と称して上洛した。正保三年十月、光久から島津称号の代々使用を許され、源姓から藤原姓に改めた。慶安二年に家老職を命じられ、役料千石を与えられた。本条に没年月日・没地・法名の記載はない。
系譜・人物関係
敷根立頼二男。兄早世のため家督を継ぐ。寛永十六年六月二十八日に家久公女を娶る。本条は兄の実名を記さないため旧説明の頼国は採用しない。見出し脇に敷根蔵人頼音と読める小字があるが初名としての扱いは留保。
奉公・役職
寛永二十年、後光明天皇即位に際して光久の慶賀を伝える使者として上洛。慶安二年に家老職、役料高千石。役料を知行総高に置き換えない。
軍役・事績
上洛時に島津氏と久の字を拝領し島津筑前守久頼と号す。正保三年十月、光久が島津称号の代々使用を許可し、源姓から藤原姓へ改める。戦闘の具体的記事はない。
生没・法名等
元和五年七月二日生。没年月日・没地・享年・法名・墓所は本条に記載なし。
- 統合人物ID
- HP-1291
- 原人物ID群
- 11-214-02
- 氏・分類
- 島津
- 掲載巻頁
- 巻11:214
- 主題・活動
- 系譜・奉公・役職・軍役・生没
- 人物関係要約
- 敷根立頼二男。兄早世のため家督を継ぐ。寛永十六年六月二十八日に家久公女を娶る。本条は兄の実名を記さないため旧説明の頼国は採用しない。見出し脇に敷根蔵人頼音と読める小字があるが初名としての扱いは留保。
- 検索キーワード
- 島津久頼/筑前守/敷根立頼/家久/光久/後光明天皇/即位慶賀/上洛/島津称号/源姓/藤原姓/家老/役料千石
- 公開区分
- 公開可
- 精読・確認状況
- 従来記録:精読済(今回の再精読は未実施)
- 公開判定根拠
- 従来判定を継承。新基準による個別再判定は未実施。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁精読
- 本文境界判定
- 現行AI用PDF全1頁を視読。久頼見出し・立頼二男・家督婚姻から即位慶賀使上洛、島津称号と姓の変更、家老役料千石まで連続する。家久・光久・後光明帝は婚姻と奉公の関連人物。次の独立人物見出しの混入なし。PDF変更・新規採番なし。
- 判読保留
- 即位記事の後光明帝ノ事也という朱注を確認し、寛永二十年の即位慶賀使と整理。漢文表現の逐字翻刻は確定せず、意味の確認に基づいて説明。見出し脇の敷根蔵人頼音の小字は初名の断定を保留し公開文に入れない。本文で確かめた婚姻年月日・上洛目的・改姓由緒・家老役料を採用して公開可。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』