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HP-1226巻之六104頁注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

鶴田市右衛門貞明

異名・検索語:鶴田市右衛門貞明/鶴田貞明/市右衛門/飛弾守/鎌田飛弾貞明/勝翁道則上座

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

未確定事項:本条は忠虎の病没地を唐島と記すが、巻三忠虎条は芦島とし遺骸出船地を唐島とする。同一地同定や誤植の補正は行わない。/本条の遺骸到着地は竜隆寺、貞明の墓は竜峰寺。巻三忠虎条の十念寺葬送・竜峯寺石塔と区別し、寺名表記を一括統一しない。/巻三忠虎条は鎌田飛弾貞明と記し鎌に鶴の朱注、一書に市右衛門とする。氏名の異記を保持し、姓を別の家系と推定して分割しない。

DESCRIPTION

本文内容説明

北郷忠虎の家臣。市右衛門と称し、初め飛弾守と記す。朝鮮に随行し、文禄3年12月14日に主君忠虎が唐島で病没すると、その遺骸に付き添って帰国した。翌年正月5日に都城の竜隆寺へ到着。忠虎の父・一雲法印(北郷時久)は、貞明が死後まで主君に仕えた忠節を賞し、50石を与え、感状を出した。同月9日の葬送時に貞明は殉死した。墓は竜峰寺、法号は勝翁道則上座。忠虎条には鎌田飛弾貞明とあり、姓を鶴田とする朱注と市右衛門の異名注を伴う。忠虎の病没と貞明の殉死を区別して読む必要がある。

系譜・人物関係

北郷忠虎の家臣。本文の老父一雲法印は主君忠虎の父・北郷時久を指す。貞明の実父・出生系譜は記されていない。巻三忠虎条の殉死者と対応し、他人の没日や父を転用しない。

奉公・役職

北郷忠虎の家臣、市右衛門、初飛弾守。飛弾守は見出し直下の小注で貞明の称と読む。忠虎と朝鮮へ渡海。主君の遺骸を送り帰る奉公を一雲法印に賞され、高50石を給され感状を受けた。

軍役・事績

文禄3年12月14日唐島で忠虎が病死。貞明は主君の遺骸に付き添って帰国し、翌年正月5日に都城竜隆寺へ着く。死後まで主君に仕えた忠節を忠虎の父一雲法印が賞した。本文は遺骸帰還の具体的奉公を記し、貞明の個別合戦・戦功は記載しない。

生没・法名等

翌年正月9日の忠虎葬送の際に貞明が殉死。墓は竜峰寺。法号勝翁道則上座。文禄3年12月14日の病死は忠虎であり、旧説明の貞明が12月4日に病没は主語と日付の誤りとして訂正する。貞明の生年・享年は本文に記載しない。

統合人物ID
HP-1226
原人物ID群
06-104-12
氏・分類
鶴田
掲載巻頁
巻之六104頁
主題・活動
北郷忠虎家臣・朝鮮随行・遺骸帰還・50石褒賞・葬送時殉死
人物関係要約
北郷忠虎の家臣。本文の老父一雲法印は主君忠虎の父・北郷時久を指す。貞明の実父・出生系譜は記されていない。巻三忠虎条の殉死者と対応し、他人の没日や父を転用しない。
検索キーワード
鶴田貞明/市右衛門/初飛弾守/北郷忠虎/北郷時久/一雲法印/高麗/朝鮮/遺骸随行/帰国/都城/竜隆寺/正月五日/五十石/感状/正月九日/送葬/殉死/竜峰寺/勝翁道則上座/鎌田飛弾貞明/HP-1650
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
AI・通常全1頁と原冊・修復後全頁照合済み。主君の病没と貞明の遺骸帰還・褒賞・殉死を区別。
公開判定根拠
旧説明の主語混同を訂正。本人固有の遺骸随行・50石と感状・葬送時の殉死を確認し、没地寺名の条間差を注記して検索公開。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
AI・通常各全1頁と原冊第2分冊PDF36上段/冊子104頁を照合。見出し一鶴田市右衛門貞明から法号勝翁道則上座まで同条。主君忠虎の病没、貞明の遺骸随行・褒賞・殉死を主語に即して区別。隣の津留多兵衛条と次の一津留九兵衛の朱注を含めないよう左端を調整し上余白を整理。修復後通常AI各全1頁で本文・初飛弾守小注・末尾法号保持を確認。HP-1226/06-104-12維持、忠虎条の関連注を重複採番しない。
判読保留
本条は忠虎の病没地を唐島と記すが、巻三忠虎条は芦島とし遺骸出船地を唐島とする。同一地同定や誤植の補正は行わない。/本条の遺骸到着地は竜隆寺、貞明の墓は竜峰寺。巻三忠虎条の十念寺葬送・竜峯寺石塔と区別し、寺名表記を一括統一しない。/巻三忠虎条は鎌田飛弾貞明と記し鎌に鶴の朱注、一書に市右衛門とする。氏名の異記を保持し、姓を別の家系と推定して分割しない。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』