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HP-1213巻之三54頁注記付き公開可

HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE

鳥丸重利

異名・検索語:鳥丸重利/鳥丸紀伊介重利/紀伊介

試験導入中の史料別人物解説です

この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。

注記付き公開可

覚兼日記引用の直前に其子とあり、射手の鳥丸紀伊介入道を重利本人と断定しない。祖先重位の位字脇に朱イ偏の注があり、字形の校訂と他系譜との整合は留保する。

DESCRIPTION

本文内容説明

紀伊介。越後守重躬の子。祖父重世が東郷内の鳥丸を領し、鳥丸と称したと記す。重利は島津家に召し出され、天正初め頃に中郷地頭となった。朱書には『覚兼日記』天正二年八月九日条を引用し、前日に東郷勢三百余人が中郷へ攻め寄せ、地頭の鳥丸紀伊介入道が一人で敵兵三人を射殺したとの平佐城使者の報告を載せる。ただし引用直前に「其子」とあるため、この射手が重利本人か、その子かは確定しない。子孫として鳥丸六右衛門を挙げる。本人の生没年・没地・法名は記されない。

系譜・人物関係

東郷氏八代薩摩守重位の二男次郎左衛門重世が鳥丸を領して鳥丸を号し、その子越後守重躬、その子重利と記す。子孫鳥丸六右衛門。重位字脇の朱注留保。

奉公・役職

御家へ召出、天正初比、中郷地頭職。

軍役・事績

朱書覚兼日記引用は天正二年八月九日未時、平佐城使者の報告。昨日東郷ノ賊三百余人が中郷に攻来し地頭鳥丸紀伊介出家一人が兵三人を射殺。直前其子との関係から本人の確定軍功としない。

生没・法名等

本人の生没年・没地・法名は記されない。引用の出家は入道を指すが本人との対応留保。

統合人物ID
HP-1213
原人物ID群
03-054-07
氏・分類
鳥丸
掲載巻頁
巻之三54頁
主題・活動
中郷地頭・系譜
人物関係要約
東郷氏八代薩摩守重位の二男次郎左衛門重世が鳥丸を領して鳥丸を号し、その子越後守重躬、その子重利と記す。子孫鳥丸六右衛門。重位字脇の朱注留保。
検索キーワード
鳥丸重利/紀伊介/越後守重躬/次郎左衛門重世/東郷/鳥丸/中郷地頭/天正初め/覚兼日記/天正二年八月九日/平佐城/三百余人/鳥丸六右衛門
公開区分
注記付き公開可
精読・確認状況
通常AI各全1頁と原冊照合済。系譜・中郷地頭確認、引用の射手対応留保。修復版全頁確認。
公開判定根拠
本人全記事を確認し中郷地頭就任を整理。引用の其子と射手の対応、祖名朱注の疑義を明示して公開する。
説明作成区分
AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
本文境界判定
紀伊介重利見出しから覚兼日記引用末尾ト云々まで通常AI各全1頁を原冊66頁下段と小字・日付拡大に照合。其子に続く引用は同家の関連記事として留保し独立人物番号を作らない。次条六右衛門重統とは別。左3pt内側・右6pt拡張のattempt3で隣条細片を除外し右朱イ偏注を保持、通常AI全頁確認。
判読保留
覚兼日記引用の直前に其子とあり、射手の鳥丸紀伊介入道を重利本人と断定しない。祖先重位の位字脇に朱イ偏の注があり、字形の校訂と他系譜との整合は留保する。

出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』