HONPAN JINBUTSUSHI · SOURCE ARTICLE
鳥丸重統
異名・検索語:鳥丸重統/鳥丸六右衛門重統/六右衛門/兵部少輔
試験導入中の史料別人物解説です
この解説は『本藩人物誌』の記事内容を整理したもので、一般的な人物伝や他史料を含む史実認定とは区別してください。今後の精読・原画像照合により更新される場合があります。
注記付き公開可
渡海連絡の使者の姓は箕句のように見えるが確定しない。隠之銅打に見える戦闘の語句を留保し、武器・戦術を断定しない。見出しの統字脇に朱イ旁の注があり、異体・訂正意図を留保する。
DESCRIPTION
本文内容説明
六右衛門、初め兵部少輔。朝鮮・伏見・関ケ原に供奉し、知行を与えられたと記す。慈眼公から名護屋を通じて渡海の連絡があった際、松齢公により治部とともに迎えに遣わされた。慶長三年九月二十八日、古館の兵が泗川へ引き取る時、重統は藪陰にいて、駆けて来た敵の騎馬武者一人を射落とした。その後、押川公近が敵中へ走り込んで重統を救ったと記す。前半の使者の姓と戦闘時の行動を表す一節には判読上の留保がある。父母・系譜、生没年・没地はこの条に記されない。
系譜・人物関係
父母・系譜は本文にない。初兵部少輔。松齢公・慈眼公は本文表記を用いる。隣の重珍の父系・別号重慶を重統へ転用しない。
奉公・役職
朝鮮・伏見・関ケ原御供、御高被成下候。名護屋から慈眼公の渡海連絡があり松齢公より重統と治部を御迎へ遣わす。使者姓留保。
軍役・事績
慶長三年九月廿八日、古館之人数が泗川へ引取る際、重統は藪陰に居て敵騎馬武者一人を射落とす。押川公近が敵中へ走入して救う。隠之銅打様語句の武器戦術同定留保。
生没・法名等
本人の生没年・没地・没齢・法名記載なし。重珍の入道重慶は別人。
- 統合人物ID
- HP-1212
- 原人物ID群
- 03-054-08
- 氏・分類
- 鳥丸
- 掲載巻頁
- 巻之三54頁
- 主題・活動
- 供奉・朝鮮戦役・救出
- 人物関係要約
- 父母・系譜は本文にない。初兵部少輔。松齢公・慈眼公は本文表記を用いる。隣の重珍の父系・別号重慶を重統へ転用しない。
- 検索キーワード
- 鳥丸重統/六右衛門/兵部少輔/朝鮮/伏見/関ケ原/慈眼公/松齢公/名護屋/治部/慶長三年九月二十八日/古館/泗川/押川公近/救出
- 公開区分
- 注記付き公開可
- 精読・確認状況
- 通常AI各全1頁と原冊照合済。供奉・渡海連絡・泗川戦闘と救出を整理。通常AI範囲不一致を修復し全頁確認。
- 公開判定根拠
- 本人全記事と独立境界を確認。関連別条を通常版から分離し、使者姓・戦闘語句等の疑義を明示して公開する。
- 説明作成区分
- AI用PDF全頁追加精読・原冊照合・境界修復
- 本文境界判定
- 鳥丸六右衛門重統の丸見出しから押川公近が敵中へ走入して救う記事まで。AI既存全1頁は本文のみだが通常版は鳥丸重珍・遠矢諸条まで含んでいた。通常版を本人範囲へ切り直し右朱注を収容、通常AI同一範囲各1頁を生成して全頁確認。重珍03-054-08-02、遠矢03-054-09と10は既存別番号を保持し新番号不要。
- 判読保留
- 渡海連絡の使者の姓は箕句のように見えるが確定しない。隠之銅打に見える戦闘の語句を留保し、武器・戦術を断定しない。見出しの統字脇に朱イ旁の注があり、異体・訂正意図を留保する。
出典:『鹿児島県史料集 第13集 本藩人物誌』